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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十四章 ベスカータ砦の攻防と……

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(一)足音①

(一)


 砦に戻ってきたヴァストールの奇襲部隊。その全員の表情には疲労が色濃く浮かぶ。

 やるべきことをやったという充足感はあるが、帰還できなかった者を思えばその余韻に浸ることもできない。

 負傷者十五名、未帰還者二十名。そこには数字だけではない重みが有る。未帰還者は大半が戦死と見られるが、その多くがロスカールの手によるもの。敵陣を抜けた後は混乱するゼストアには追撃する余裕など無く、更なる損害を出すことも無かったのは幸いと言えたが。

「もとより全員が無事に帰って来られるなんて思っちゃいなかったけどさ……」

 ジャハネートは苛立ちながら爪を噛む。

 ロスカールの名こそ、誇張を多分に含んでいるだろう噂話は聞いている。だが誰もその姿を知らないため、戦場で名乗った男が本物とは断定できない。

 ただ事実として男が何名もの精鋭をいとも簡単に斬り捨てたのは間違いなく、本人である可能性は高いと見ていい。

 では、なぜ彼はそこに居たのか。

 敵陣には帝国の旗は無かったし、帝国軍が参戦しているという情報も受けていない。

「ロスカールか……」

 戦場での情報は王都に送るとして、考えたところで解の手掛かりになるものが有るわけでもない。ジャハネートが頭を切り替えようと思ったところに斧を担いだランドルフが通り掛かった。

「そもそもアンタが馬鹿丸出しで敵将の首なんか狙いに行くから損害が大きくなったんだよ!」

 壁を殴りつけ、怒気を孕ませる。

「あ……おう……スマン……」

 総じて考えれば敵将を撃ち取ることが後々の損害を減らす事に繋がるとは分かっている。例え八つ当たりだと分かっていても、帰還できなかった騎士たちの無念を思うと、怒りをぶつける相手が欲しかったのだ。

「危うく……いや、何でもない……。すまないね……大きな声を出しちまって」

 ジャハネートはやるせなさに、大きなため息を漏らす。

 ちらりとランドルフの後ろを見ると、彼の後ろをついてきたのか、ラーソルバールとギリューネクの姿が目に入った。

「ラーソルバール……」

「はい……?」

 ジャハネートに呼び止められ、ラーソルバールは恐る恐る返事をした。

「……怪我はしてないかい?」

 ジャハネートは躊躇いがちに声を掛けた。戦場ではロスカールに勝負を挑んだラーソルバールを怒鳴りつけたものの、心配であることには変わりない。

「ちょっとした打ち身はありましたが、もう大丈夫です……。申し訳ありません、ジャハネート様の言い付けを守らずに……」

 確かに言い付けを守らずに無茶をしたが、そのおかげで損害が減らせたのも事実。戦場では怒鳴りつけたものの、生還したのだから良しとすべきだろう。

「……いや、無事ならいい」

 ジャハネートは苦笑いしながら、小さく安堵の吐息を漏らす。甘やかしているつもりは無いが、いつの間にかこの娘を年の離れた妹のように思っている事に気付く。同時に、何故かこの娘が将来の騎士団を担うかもしれないという予感めいたものを覚えた。

「これで敵さんも少しは戦意が鈍ってくれりゃあいいんだがな……」

 ランドルフは顎をさすり、伸びかけた無精髭の感触に手を止めた。


 一方、ヴァストールの騎士達による奇襲を受けたゼストア軍。予想外に大きな損害が出たことで、混乱はまだ収拾していなかった。

「被害状況を報告せよ!」

 アルドーは周囲に聞こえるように大声で怒鳴る。

 前衛部隊の天幕からはまだ炎が上がっており、夜空を赤く染め上げている。火が消えた場所も未だにくすぶっており、炎に映し出された煙が空へとたなびく様子が本部の置かれている中団からでも見て取れる。

「焼死した者が多く、さらに同士討ちなどもあり損害はかなりのものです。現在鎮火活動を行っており、収拾には手間取っております」

 前衛部隊の確認から戻って来た将兵が声を上ずらせながら告げる。

 後の報告で分かる事だが、ゼストア軍の死者は五百人以上、負傷者は三千人を超え、そのうち治癒を施しても戦線に戻れるのは千人程度という惨たるものだった。

 報告を受ける中、アルドーは王子を見やる。

 カイファーは苛立ちに拳を震わせつつも、昼の影響からか言葉を発しようとしない。

(やれやれ、少しはこれで学んでくれると有難いのだが……)

 アルドーは内心つぶやくが、さしてカイファーに期待するつもりもない。今までも成長する機会が有ったはずで、今更どうこうなるものではないと思っている。

 兄である第一王子も優秀とは言えないが、この弟に比べればまだましだという認識が有る。だが現国王が斃れた時、この二人のいずれかでは国の基盤が揺らぎかねない。

 優秀だと言う評判の有る第三王子が王位を継承するのが望ましいとは思うが。それを口にするのは臣下としては憚られる。

「ロスカール様がおいでになられました」

 アルドーは戦とは無縁な事に思考を巡らせていたが、部下の声に我に返る。わずかに視線をあげたところでロスカールが姿を現した。


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