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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十三章 時の渦

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(四)闇夜に踊る③

 剣と剣が激しく激突し、大きな金属音を響かせる。ラーソルバールの剣は弾き返され、待ち構えていた男は不敵な笑みを浮かべた。

 ラーソルバールは剣を弾かれた勢いで馬上の体勢が揺らいだが、並走していた仲間が咄嗟に手を出して支えてくれたおかげで落馬する危険は回避できた。

「良い剣だが仕留めようという気迫が足りんな!」

 男は通り過ぎたラーソルバールを眼光鋭く見詰めると、存在を誇示するように再び殺気を放つ。次の瞬間には傍を駆ける馬の手綱を掴みながら、ヴァストールの騎士を突き殺し、自身はひらりと馬に飛び乗った。

「な……」

 騎士達もあまりの光景に思わず驚愕し、うめき声にも似た声を漏らす。

 そのままヴァストールの騎士達と並走しようとする男を止めようと、近くを走る数名が斬り掛かるも、男は事も無げにそれを捌き弾き返す。

「さあ踊ろうか、悪魔ども!」

 鎧を纏っていなのにも関わらず、男は気にする様子もない。それどころか高笑いをしながら騎士達と斬り結ぶ。その常軌を逸した行動に騎士達にも動揺が走る。

「どうした、誰もこのガランシェ・ロスカールの相手にはならんのか?」

 存在を誇示するように男は叫んだ。

 ロスカール将軍といえば西方戦線において一日で千人以上を切り捨てたと言われる帝国の猛者。だが何故、帝国の将軍がここに居るのか。ゼストアが帝国と手を結んだのか。ロスカールの名はヴァストールの騎士達に衝撃を与えるのに十分だった。

「ああ、いやいや俺がここに居るというのは勘違いされるから、言っちゃいかんやつか……」

 そう言って豪快に笑いながら、ロスカールは襲い来る剣を難なく捌いていく。

「いや……。ここから誰も生かして帰さなければ良いだけか」

 ロスカールの剣が風を切り裂くように、否、暴風を巻き起こすように唸りをあげて周囲を一閃する。直後、三人の騎士が血しぶきとともに馬上から転げ落ちた。

 追いすがってくる恐ろしいまでの気魄を背中に感じ、ラーソルバールは振り返る。

(あの男だ!)

 ぞわりと全身の毛が逆立つような感覚を覚え、手にしていた剣を握り直す。

 狙いは自分か、果たしてそう思うのは自惚れか。もし狙いが自分なのだとしたら、これ以上被害を出さないよう、あの男と戦うべきではないか。ふと、出撃前にジャハネートに念を押された言葉が頭をよぎる。

『あんたにゃ大事な立場ってもんがあるんだから、危ない真似なんかするんじゃないよ。……って言っても奇襲するんだから危険は危険なんだが……。ただ、不測の事態があっても周りの野郎どもに任せておきな。無理するのは禁止だよ』

 だが自分は騎士としてこの場に居るのだし、待っていてもすぐに向こうからやって来る。損害が大きくならないうちに、出来る事はするべきだ。

 決断するや否や、ラーソルバールは手綱を引いて速度を落とす。

「何を……!」

 近くに居た騎士が驚き制止するが、間に合わなかった。


 ラーソルバールを乗せた馬は周囲の流れから残されるように後退し、通り過ぎる騎士達も何か有ったのかと一瞬気にする様子を見せる。が、戦場ということもあり自らの事で手一杯で構っている余裕などは無い。

 そんな中、一人の男が怒鳴った。

「馬鹿! 何やってる!」

 兜のせいでくぐもってはいるが、ギリューネクの声だろう。小柄な体格に鎧の隙間から僅かに覗く金髪でラーソルバールだと気付いたようだ。

 その声に反応するように、ラーソルバールは後ろで暴れる男をちらりと見やる。

「あの化け物を相手にするのか?」

 元上司の言葉にラーソルバールは無言で頷いた。

「ちっ、しょうがねぇ。付き合ってやるよ……」

 僅かなやり取りの間にも、また一人がロスカールの剣の餌食となっている。

「流れから外れて、奴の後ろに回り込んでから攻めるぞ!」

 ラーソルバールはギリューネクの提案にうなずく。そのまま二人は速度を落としながらふたつの天幕を迂回し、ロスカールの背後に付けた。


「あれは……って! 何やってるんだい、あの馬鹿は!」

 ジャハネートが篝火に照らし出されたラーソルバールの後ろ姿を見咎め、慌てて手綱をしごいた。

 ロスカールの背後からラーソルバールは速度を上げて迫る。

 殺気を消して近づき、体内の魔力を統制し剣を握りしめる。横に並びかけようとする瞬間、全力で横に剣を走らせた。

 直後、ガキッと激しい金属音が響き、ラーソルバールの一撃はロスカールの剣に阻まれた。その隙を突くようにギリューネクが背後から剣を突き出したが、体を捻るようにしてロスカールはそれを避ける。

「背中に目がついているのかよ!」

「フハハ! 楽しませてくれる!」

 ロスカールは歓喜の声を上げながらラーソルバールの剣を弾くと、お返しとばかりに強烈な横薙ぎを繰り出した。

「くっ……!」

 ラーソルバールはその一撃を剣で受け流し滑らせようとしたものの、力で押し負けた。身を屈めて直撃は避けたものの、兜は大きく弾かれて宙を舞い、隠れていた美しい金髪がふわりと踊る。

「娘か! 名を…………ムッ!」

 感嘆の声を上げた直後。ロスカールは背後に殺気を感じ、避けられないと感じたか、自ら馬から転げるように地に落ちた。

「こんの……馬鹿娘っ!」

 獲物に逃げられ空を切った剣を戻すと、ジャハネートは金髪を風になびかせ駆ける娘を怒鳴りつけた。


 去っていく黒い騎馬軍団を帝国の将は地に座ったまま見詰める。

「フフフフフフ……。ハーハッハ!」

 惨憺たるゼストア陣営に、ロスカールの笑い声が響いた。


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