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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十三章 時の渦

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(二)ゼストア襲来②

 文句を言ったところで何が変わる訳でもない。

 翌朝の出立が告げられ、騎士達は慌ただしく支度に追われた。

 戦場に出るのが二度目となるラーソルバール。今回は中隊長としての立場であり、前回とは勝手が違う。自身の用意だけでなく、部下たちや備品の管理までを各小隊長からの報告を受けて確認する作業までが増えた。

 各小隊の人員は顔と名前が一致する程度には記憶したので問題は無いが、今度は彼らを生きて帰すと言う仕事が加わった事には戸惑いを覚えつつ、責任の重さを感じている。

 この日の夕方になって準備が完了したことを大隊長に報告し、この日の仕事が終わった。


 翌日の出立に備えて早めに帰宅すると、主を帰りを待っていたかのようにエレノールが駆け寄ってきた。

「お帰りなさいませ、お早いお帰りで何よりでした。応接室でエラゼル様がお待ちです……」

 ゼストアの事についてはエラゼルに聞いて既に知っているのだろう。エレノールは廊下を半歩後を歩きながらも、時折そわそわした様子を見せる。

 帝国軍でなければ心配する必要はないと言ってくれたのは、初陣で緊張しそうなラーソルバールを元気づける為で、内心は心配だったのかもしれない。今回は前回と比べて情勢が悪いと知って不安を隠せないのだろう。

 姉のように自分の事を心配してくれる存在に、ラーソルバールは笑顔を向けた。

「大丈夫、今回の出兵もこの前と同じです」

 その言葉の半分は自らに言い聞かせるように。

「ああ、ラーソルバール。帰って来たか」

 応接室の扉が開き、エラゼルが顔を出した。


 エレノールに茶の支度を頼んでからソファに向かい合うように腰掛けたが、エラゼルの顔は明るくない。今回の出兵の話を聞いて心配になってやって来たのだろう。

「修学院は?」

「ああ、今日は昼前に終了になった。ついでに明日も休みだ。勉強しているどころの話ではないからな……」

 やや歯切れの悪い言葉にエラゼルの心情が現れているような気がして、ラーソルバールは小さく吐息を漏らし立ち上がった。そのままエラゼルの横まで移動すると、隣に腰掛けてエラゼルの頬に優しく触れる。

「そんな顔しないでよ。ちゃんと帰って来るから」

「だが……ラーソルバールだけを戦場に送りだしておきながら、私は何もできない。それが悔しくて……。私もあの時に騎士になることを選んでいれば今頃は……」

 思わず吐露する心の内。

「貴族の……公爵家の令嬢は騎士になる必要ないでしょ。私は……騎士になりたくてなったんだし」

 何度も背中を預けて戦ってきた最も信頼する存在だけに、一緒に騎士になって欲しいという気持ちは無かった、と言えば嘘になる。それでも、人には役割というものがあり、果たすべきものがあるのだから。

「分かった。無事に帰って来るのだぞ。まだ私はラーソルバールに勝てていないのだから……」

「またそういう事を言う……。大きな勝負で貴女が勝ったばかりでしょう?」

「ん?」

 目配せするラーソルバールの意図を掴みかねて、目を瞬かせる。と、その意味を理解してエラゼルは苦笑いした。

「ああ……、再戦の機会の無いもので勝ってしまったな……。あれを勝負と考えた場合、勝っても存外嬉しくないものだな」

「ま、勝った者にはそれ相応の責任が生じるものですから。私の心配もいいけど、貴女の未来の方が余程大きな戦場が待っているんだからね」

「む……」

 エラゼルは痛いところを突かれたというように、返す言葉に窮した。

 この後、彼女が予定通り王太子妃となったならばその道のりは決して平坦なではないはずで、いずれ剣を持たない戦いに巻き込まれる事もあるだろう。それに比べれば一人の騎士が背負う責任など大したことは無い。

 都合が悪くなったのか、話を変えようとエラゼルは自身の脇にあった鞄に手をかけた。

「ああ、早めに聞いておくのだが……。今日は泊まって行っても良いか?」

 そう言ってエラゼルは持ってきた鞄を見せながら、ぽんぽんと叩いて見せた。家に戻って用意周到にしてきたのだろう。こういう時は何を言っても無駄なのは経験から分かっている。

 それでも釘は刺しておきたいところ。

「朝帰りしたら大衆に何を言われるか分からないよ? 王太子殿下の婚約者様なんだから、風聞ふうぶんには注意しないと」

「ん? 噂の聖女様と何とやらと言われるのか?」

 気にする様子も無く、エラゼルはにやりと笑った。


 結局ラーソルバールの牽制は役に立たず、エラゼルの宿泊を許可する他なかった。

 以前のようにエラゼルは夜まで話し込んだ後も自室に戻らず、当たり前のようにラーソルバールのベッドに潜り込んだ。

「あいたっ!」

「おやすみ……」

 エラゼルの頭を軽くはたくと、ラーソルバールは諦めて明かりを消した。

 学生時代よりも大きいベッドを使用しているおかげで、二人で寝ても昔のような狭さを感じることは無いのだが、あの窮屈さがどこか懐かしくも思える。夜は眠れないものと覚悟して帰ってきたのたが、隣に眠る存在のおかげか予想外に朝までぐっすりと眠ることができたのだった。


 翌朝、父とエレノールに見送られながら邸宅を出たラーソルバールとエラゼル。門を抜けてから軽い抱擁を交わす。

「いってきます!」

「早く帰って来るのだぞ!」 

 短い言葉のあと、二人は別々の方向に歩き出した。

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