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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十三章 時の渦

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(二)ゼストア襲来①

(二)


 ゼストア軍襲来。

 その報で対帝国の対策会議は止まった。

 会議の内容は迫るゼストアに対してどう対処するべきかに変わったが、現在行軍中との報だけに一刻の猶予もならない。

 ゼストアが軍を動かす切っ掛けになったのは、ヴァストールの騎士団の半数が北上し、防衛に充てるべき兵が手薄になったことだろう。

 ヴァストールとしては帝国の動向が気になって兵を戻すに戻せない。仮に戻したとしても戦場となる国境付近まで到着するのに、一番近い第七騎士団でさえ最速で六日はかかる。王都防衛用の第一騎士団は動かせないし、一般兵や予備役は帝国方面に回した。

 動かせるのは第二、第三、第四、第八の正騎士のみ。合計しても兵力は六千に満たない。ゼストアとしてはヴァストール側で動かせる軍が少ないうちに一戦して、少しでも領土を奪い取ろうという狙いなのだろうか。


「この戦いに……彼女を出すのですか?」

 大臣の誰かがつぶやいた。その声に一同がざわめく。

 その「彼女」が誰なのか、皆が名を聞かずとも理解した。婚約者第二位に位置する者を戦場に送るのかと、大臣全員に問いかけたのだ。

「例外は無い。願わくばその存在がわが軍の支えとなり、相手に畏怖の心を植え付けてくれることを……」

 私情を挟めるのなら、恩人である相手を戦場に送りだすような真似などしない。だが自分は今、宰相としてここに居るのだ。そう自分に言い聞かせるとメッサーハイト公爵は目を伏せた。

「第二、第三、第四、第八を至急派遣しましょう。そして、北方に展開している団を順次帰還させる方針でよろしいですかな」

 ナスターク侯爵はやや焦りを見せながらも、冷静であろうと努力している。

 戦闘は国境付近にあるベスカータ砦での防衛戦が主体となるはず。砦には第二騎士団管轄下の兵千五百名が常駐しているが、それを足しても一万に満たない。相手の兵力も現時点では分かっていないが、攻めてくる以上は少なくとも一万を下る事はないはず。

「東方の貴族の私兵を貸して貰えるか交渉しますか?」

「協力してくれそうな所には頼んでみてくれ」

 問いかけに応える中で、メッサーハイト公爵は自問する。

 現状で対応しきれるのか、勝算はあるのか、と。

 物資も北方に派遣した騎士団に持たせた事もあり、緊急で用意できるのはどの程度なのかも見通しが立たない。このような状況では勝機が有るとは言い難い。北方の騎士団が戻るまで持たせれば何とかなると、希望を捨てる訳にはいかない。


 迎撃命令は即時に発せられ、第二、第四、第八の三騎士団が即日王都を発つ事が決まり、第三騎士団は補給物資を持って半日遅れて追いかける事とされた。

「ほらみろ、貧乏くじをひいたのは俺たちじゃねぇか」

 伝声管から発せられた出撃命令を聞いて、大隊長の執務室に向かっていたラーソルバールは、廊下で鉢合わせたギリューネクに挨拶代りの一言を浴びせられた。

「そうですね……」

 ラーソルバールは短く応えると、苦笑いを浮かべた。

 まだ、北も安全だと決まった訳ではない、とは口にしない。西のレンドバールとて何があるか分からない状況だけに、どこが本当に不幸なのかは終わってみなければ分からないのだ。

 エラゼルと話していたようにゼストアの侵攻を予想していなかった訳ではない。

 それでも、事前に何かができるような立場ではないのだから、与えられた事をこなす他は無い。あの日帰り際にエラゼルに密かに依頼した事以外は……。

「カラールの時みたいに策でもあるのか?」

「出撃命令が出たばかりで、有るわけないじゃないですか。相手がどの程度の兵力かも分かりませんし、ベスカータ砦については騎士学校で教えられた程度の知識しか持ち合わせていませんから……」

 ベスカータ砦は休戦中にゼストアの侵略に対抗する為に建設されたもので、規模としては中程度といったところ。

 建設用地の都合とゼストアから建設阻害行為を避ける目的で、国境線からはやや離れた位置にある。旧来の街道を塞ぐ形になっており、前面には深く長い堀があり、砦本体から突き出すように南北に高い石造りの壁が伸びている。

 建設されてからの戦闘は今回が初ということになる。

「まあ、数日持ちこたえれば何とかなるんだろうから、殻に籠って大人しくしておくってところだろうな。まあ考えるのは俺たちじゃないが……」

「あまり無茶な命令は出ないとは思いますけどね……」

 少し前までの上司と部下は悲壮感を見せず、顔を見合わせて苦笑いをした。

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