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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十三章 時の渦

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(一)前触れ①

(一)


『帝国との国境付近で不測の事態が発生』

 八月三日早朝、魔法付与工芸品にょる高速通信によって伝えられた内容は、王宮に大きな衝撃を与えた。

 報告によると八月二日の夕刻、帝国の兵士十名ほどがヴァストール側へ越境。それを発見したヴァストールの国境警備兵と交戦に発展した。ヴァストール側は軽傷者のみで終わり、帝国兵一名を殺害し二名を捕虜としたという内容だった。

 この一件だけならば小競り合い程度の事件だが、過去には同様の事件を切っ掛けに小さくない戦闘に発展したこともあるだけに、事態は深刻なものとして受け止められている。

 捕虜は「狩猟の際に誤って越境した」と尋問に対して答えたが、彼らが発見された地点は国境からかなり深く侵入しており、その証言とはかなり食い違う。だが、兵士たちはいずれも帝国の鎧を着用しており、身分を隠していた様子も無い事からヴァストール側に放たれた密偵とも考えにくい。その証言の真偽も、目的も不明のまま。

 帝国側が不用意な越境を素直に謝罪すれば簡単に事態は収束するのだが、二国間の関係が険悪な中でそう簡単に事が運ぶとは限らない。

 帝国の動きによっては大きな被害を出しかねず、事態を静観して対応が後手に回るのは避けなければならない。


 報告を受けてから一刻後には会議が行われ、即時に第五、第七、第九、第十の四つの騎士団が帝国の動きに備えて北方に派遣されることが決まった。多くの兵を動かすことで敵対意思や侵略意思があると受け取られる可能性もあるが、対策をとらない訳にもいかない。

 北方の帝国との境界近くにあるアスカルド砦には、カラール砦の攻防戦後にも参戦した第六騎士団が先月から入っており、北方の備えとして五つの騎士団が展開されることになった。


 軍務省からの指令により、騎士団本部は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。

 慌ただしく動き回る様子を見てきたのか、第二騎士団執務棟に出勤してきたギリューネクは首を傾げた。

「ああ、ちょいと待て……何かあったのか?」

 ちょうど目の前を通り過ぎようとしていたラーソルバールが視界に入ったので、声をかけて捕まえる。

「昨日、帝国との国境付近で帝国兵の越境による取り締まりが有ったようですよ」

「あん? それで……死者は出たのか?」

 眉間にしわを寄せ、声を落として続けて尋ねる。

「相手側に一名。捕虜も二名とか……」

「……なるほどな」

 ギリューネクは得心がいったとばかりにうなずき、ため息を漏らした。事態が良くない方向に転がっている事を理解したのだろう。

「第五、第七、第九、第十が帝国の動きに備える為、今日明日にも王都を発つらしいです」

「そりゃ災難だな……。で、うちには指令出てないのか?」

「正式には何も言われていないので第二は待機だと思いますよ。恐らくは、カラールに参戦したところを外したんじゃないですかね。ただ、アスカルド砦にいる第六は貧乏くじ引いたみたいですけど」

「意外に残った方が貧乏くじかもしれないぜ? ……とりあえず、情報ありがとさん」

 そう言い残し、ギリューネクは自身の執務室へ向かって行った。

 その後ろ姿を見送りつつ窓から外を見ると、他の騎士団に所属している者達が忙しそうに資材を運んでいる姿が見えた。

「ああ、そうか第七も出るんだっけ。昨日はガイザに会えなかったし、次に会うのはいつになるやら……」

 できれば、帝国が動かずに戦闘にならず、ガイザやアスカルド砦に居るミリエルに無事に帰ってきて欲しいと願う。

 一緒に行けたなら何かできるかもしれないが、ただ待っているだけしかできないというのも、辛いものだと初めて分かる。

「送り出す人って、みんなこんな心境なのかな……」

 心の中の声が漏れるように、口をついて出る。それは誰にも聞こえない程度の声。

「あぁもう、戻って来ないと思ったらこんな所に居た……んですね、中隊長!」

 呆然と窓の外を眺めていたところを見つかりシェラに怒られた。

 思わず普段通りの言葉使いで話しかけようとしたが、執務棟内だという事に気付き慌て取り繕う。

「あ、ごめんなさい。今行きます」

 窓からの風がふわりと舞って、ラーソルバールの抱えていた書類の端を僅かに揺らした。

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