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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十二章 運命の糸は

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(四)エラゼルの心とラーソルバールの想い③

 女五人、賑やかであり和やかであり積もる話に花を咲かせる。平民や貴族といった身分の差も関係の無い、生死を共にした仲間。そこには気兼ねなど無い。

「こんなお屋敷に住むようになるなんて、すごいね……」

 ディナレスが感心したように周囲を見回す。

「騎士と領主の両立なんて人の手を借りないと出来ないから、前の家じゃ狭くてどうしようもなくてね……。でも中古物件だし、調度品も置いてなくて恥ずかしいから、あまり見ないで……」

「ラーソルらしい飾らない部屋でいいと思う」

 本音なのかフォルテシアは真顔で口にする。ちなみに彼女は最近ようやくラーソルバールを愛称で呼ぶようになった。それは先の戦いを終えて帰還した後の事なのだが、どんな心境の変化が彼女に有ったかまでは分からない。

「これが英雄様聖女様の部屋ですから」

「む……」

 悪戯っぽい顔で笑う真似をするシェラと、怒る振りをするラーソルバール。そこには直接の上官と部下という遠慮などは無く、今まで通りの二人から変わる事はない。

 そんな仲間たちのやりとりを見ながら、エラゼルは静かに微笑みを湛える。賑やかに過ごしたあの日を思い出すように。


「……ってね、婚約者に関しては都合のいい使われ方をされている訳なの」

 ラーソルバールの不満そうな言葉に、エラゼルは現実に引き戻された。

 婚約者の件をシェラに愚痴っている様子。今回の決定は本人としては面倒な役割を押し付けられたとしか思っていないらしい。

「それを本人の目の前で言うのはどうかと思うよ……」

 シェラは黙って茶を飲むエラゼルをちらりと見やり、苦笑いをする。

「本当の事だから仕方ない……。理由を聞くにラーソルバールが婚約に前向きだったら、立場が逆だったかもしれない訳だしな」

 静かにカップを置くと、王宮でのラーソルバールの不満顔を思い出してエラゼルは苦笑する。

「私は最初からエラゼルだって言ってたんだよ?」

「まあ、それはともかく私に何か有れば、ラーソルバールが将来の王妃ということになる」

 続けてラーソルバールをからかうように言うと、にやりと笑った。

「冗談でもそういう事を言わないように! 王太子妃とか王妃とか絶対になりたくないし、エラゼルに何か有るのはもっと嫌だからね!」

 ラーソルバールならどう答えるだろうかとエラゼル自身、何となく予想はしていた。結果としては想定通りなのだが、冗談でも本人の目の前で交代について口にできるのは信頼の証。二番手にいるのが別の令嬢だったとしたなら、間違いなくその言葉は出てこなかっただろう。


「……でも、貴女を二番手に置いて事を公表したのには別の理由もあると思うの」

 ディナレスが表情を一変させ、真剣な眼差しを向ける。

「別の理由?」

「救護院は教会に近い立ち位置だから、そっちの噂も聞こえてくるんだけどね。聖女と呼ばれることもある存在を快く思わない人たちも居るみたいで……」

 ややためらいがちに自身が耳にした事を伝える。

 教会という不可侵な領域に踏み込むような存在というものを許せないのだろうと、思いながら聞いた噂。今すぐ暴発するというものでは無さそうには思えるが、小さくくすぶり続ける状況はいずれ悪化するのではないかという懸念を持った。

「まだその呼び名が定着した訳ではないが、国民が有難がって『聖女』などという存在が不動の地位を得るようだと、本格的に教会が敵対してくる可能性もあるという事か……。あえて婚約者補として名前を残すことで、外部からの盾とするというのは、いかにもメッサーハイト公爵らしいやり方だな」

「聖女なんて自分で名乗った訳でもないし、そう呼んで欲しいと思った事も無いんだけどね……」

 結局は逃げられないように鎖で繋がれているようなものか、ラーソルバールは大きくため息をついた。

 だが、エラゼルが懸念した事態が既に現実に起きており、メッサーハイト公爵によって一時的に回避されていたという事は、ここに居る誰もが知らない。

「今、私たちに出来るのは、美味しいお茶を飲みながら美味しいお菓子を食べて、楽しい時間を過ごすことだけだよ」

 そう言ってシェラは目配せをすると、お菓子を摘み上げて口の中に放り込んだ。


 この日の夕方に起きる事件が、様々な思惑を飲み込みながら世の中を大きく動かしていく切っ掛けになるとは、誰も予想だにしていなかった。

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