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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十二章 運命の糸は

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(四)エラゼルの心とラーソルバールの想い②

 王子達とは兄弟姉妹のような付き合いをしていたというだけあって、兄だの妹だのとといった見方を捨ててしまえば距離は近いのだろう。王太子が婚約者決定の折に一瞬見せた反応を見ても、この婚約が彼女にとって不幸なものになることはないはず。

 そんな事を考えていたら、いきなりエラゼルに焼き菓子(クッキー)を口に詰め込まれた。

「私の事はいい……。シルネラの話を聞かせる約束だったではないか!」

 からかいすぎたろうか。拗ねた顔も可愛いなと思いつつ、ラーソルバールは口の中の物を噛み砕いた。

「……んー、あまり良い話じゃないんだけどね……」

 そう前置きしてから、シルネラでの事をエラゼルに話して聞かせた。

 話の途中、仕返しとばかりにアシェルタートとのことを根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない。途中でメアーナが茶と追加の菓子を持ってこなければ、さらに攻め続けられていただろう。


 シルネラでの出来事を最後まで聞き終えると、エラゼルはひとしきり唸った。

「帝国が隣国の取り込みに入っている可能性がある、ということか。確かに良い話では無いな……」

「うん……。シルネラだけとは思えないんだよね」

「としても、我が国にその類の使者が来たとは聞いていないし、そんな様子も無い。ヴァストールを孤立させるつもりということか」

 エラゼルはため息をついて背もたれに寄り掛かった。

「婚約発表のめでたい時にする話じゃないよね」

「先延ばしにしたところで、嬉しくない話には違いないではないか……。立場を利用して殿下に話すのもどうかという話だし、我々に何が出来る訳でもないな。……しかし、下手をすると東が動く可能性もある」

「東ね……」

 エラゼルの言う「東」とはシルネラの事ではない。

 ヴァストールの東に国境を接するのはシルネラ共和国の他にもう一国有る。ゼストア王国といい、シルネラの東から南を囲うような形をした領土は、ヴァストールには及ばないもののシルネラの倍ほどの広さがある。

 ゼストア王国とヴァストール王国が接する国境線は僅かだが、海上利権も絡んでかつて何度か戦争に発展している。

 現在は休戦状態となっているが、隙を見せれば襲い掛かってくる可能性が高い。カラール砦の戦いが長期化していたら、どうなっていたか分からない。

 この国と最後に戦争したのが十四年前。ラーソルバールの父クレストが病を発する原因となった毒矢を受けたのはこの時である。

 それだけに、ラーソルバールとしても軽々しく口にしたくない国名でもある。


「帝国が求めるのが従属なのか、ただの不戦条約か。国によって変えている可能性もあるけどね」

「シルネラは暴発しかけたのだから、ただの不戦条約の持ちかけではないだろうが、国力によって交渉内容を変えているということか」

 エラゼルは考え込むように、顎に手を当てる。

 王妃の肖像画になりそうな姿だなと思いつつも、ラーソルバールは考える。

「そうだね……。東に限らず、帝国の思惑を知りつつも、あえて掌の上で踊る国もあるだろうとは思うよ。しばらく近隣で戦争が絶えない状態になるんじゃないかな……」

「で、最後に戦いで弱ったところを帝国が全部持って行くのか……? 笑えない冗談だな」

 エラゼルは苛立つように天井を仰ぎ見て大きく息を吐くが、それでも治まりきらない不安に前髪を指で弄ぶ。ラーソルバールの視線を感じつつもテーブルの上のカップに手を掛け口元に運ぶ。適度に温度の下がった茶が喉を潤すが、心は晴れない。

 同じようにラーソルバールがカップに手を伸ばした時だった。

「お嬢様、お客様がお越しです」

 軽いノックの後、エレノールが扉の外から声を掛けてきた。


 エレノールに案内され、シェラとフォルテシア、そしてディナレスが応接室に現れたのはそれから間もなくの事だった。

「久しいな」

 言葉短く済ませたのは、苛立ちの名残りか。それでも、久しぶりに会う仲間に表情は明るい。

「ちょっと会わない間に更に手の届かない人になってしまったから、どんな顔をして会えばいいか分からなくて……。将来の王太子妃でゆくゆくは王妃様だからね、一緒にお茶を飲む機会なんてもう無くなっちゃうかもしれないよね……」

 ディナレスが少しさびしそうに微笑んだ。

 一緒に旅をした仲間が王妃になるのだという高揚感と、元々身分違いであったのに更に手の届かないところに行ってしまうという寂しさ。素直に喜べない複雑な心境を吐露した。

「会うなりそう邪険にしないで欲しいな……」

 距離を置かれるような言葉に少し寂しそうに答えたが、それがエラゼルの本音なのだろう。

「……うん。いつのもエラゼル……かな?」

 やや首を傾げながらぼそりとつぶやいたその仕草が、まさに「いつも通り」のフォルテシアだったので、エラゼルは一瞬呆気にとられたものの、すぐに嬉しそうにその言葉を受け入れたのだった。

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