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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十二章 運命の糸は

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(三)王太子の婚約者②

 婚約者候補が揃い跪く中、国王はゆっくりと立ち上がる。

「皆、忙しいところを良く集まってくれた。国王として礼を言わせてもらう。まずは顔を上げ、肩の力を抜いて楽にしてくれ」

 言い終えると、宰相メッサーハイト公爵に向かって手で合図を送った。

「皆様にお集まりいただいたのはご承知の通り、王太子オーディエルト殿下の婚約者選定が終了したことの報告と周知であります」

 最初の言葉もは誰もが想定していた内容だけあって、大きな反応は無い。だが問題はその後、誰が選ばれるのかということ。先程まで不敵な笑みを浮かべていた候補者たちからも余裕の表情は消え、静かにその時を待っている。

 視線は宰相から外れることなく、沈黙がその場を更に重くした。


「我々は様々な観点から評点付けを行いました。そして評点付けが終わった時点で二名が同評価を獲得したため、最終的にその二人から選ばれる事になりました」

 宰相は言葉を一旦止めて、候補者たちを見回す。

 結果を口にする側としては、候補者となった彼女らを長期間縛ったという心苦しさもある。今、この場に集まった彼女らは何を考えているのだろうか。

 皆が覚悟を決めたような顔をしていたが、一人浮かぬ顔をする者が居た。それが自らの命の恩人であることにやや罪悪感を覚えたが、公私は切り分けなければならない。

 宰相は割り切るように再び、書面に視線を落とした。

「その二名とは、エラゼル・オシ・デラネトゥス嬢、ラーソルバール・ミルエルシ嬢であります……」

 そのまま読み続けようとしたが、二人目の名が挙がった時に、候補者たちとその父親らがどよめきが起こった。

 エラゼルならば理解ができるが、何故もう一人に男爵家の娘などが選ばれるのか。自分こそが、我が娘こそがふさわしいではないか。候補者たちから不満が噴出した。

 そんな中、ファルデリアナだけは結果が分かっていたかのように平然としており、娘から二人の話を聞かされていたのだろうか、その父にも動じた様子はない。

「静粛に!」

 宰相は声を荒げた。

「婚約者選びは、貴族の嗜みが全てではありません! 王太子殿下は将来の国王陛下になられるお方。であればこそ、婚約者は王太子妃殿下にそして王妃様になるという事を前提で考えるべきで、将来国王陛下となられる方の隣に立つにふさわしい力を備えていなければなりません」

 怒りを抑えつつ、淡々と言葉を綴る。それでも不満の表情を浮かべる者達は多い。

「メッーサーハイト……、しっかり説明してやらぬと、そなたが命の恩人に肩入れしているのではないかと思われるぞ」

 国王が見かねたように助け舟を出す。

「分かりました、説明いたしましょう。選定は私だけではなく、ここに居る大臣一同の意見が容れられています。まず条件として……見目が良いだけでは当然足りません。礼儀作法が備わっている事、公明正大であり、国民を労わる心を持っている事は当然の要素です。各国の首脳とも接点を持つことが有るのですから、暗愚な者では務まりません。国内事情や国際情勢に通じていて、状況に応じた柔軟な考えを持てる事、そして他者を統率するに足る器量が必要です。例を挙げるならば、レンドバール王国に対する戦後補償についてですが、先の二人の候補者の意見と国の判断が完全に一致しております。ご不満を口にする前に、ご自身に、己が娘に、その力が備わっているかを考えて頂きたい。」

 厳しく言い放つと、場は静まり返った。

 大臣たちの顔を見やると、皆が小さく頷く。宰相はひとつ大きく息を吸うと、再び口を開いた。

「……まず、エラゼル嬢は見た目だけでなく、家格、教養、才覚、全てにおいて優秀で非の打ちどころがありません。次にラーソルバール嬢は家格こそ劣るものの、国民の人気は絶大で、その他もエラゼル嬢と互角という評点でした。両者は甲乙つけ難く、非常に我々を悩ませました……」

 言いづらそうに、宰相は口ごもる。それを見た国王がにやりと笑ってから立ち上がった。

「それで、最終判断を儂と宰相を含めた全大臣で意見調整を行ったのだが……。最終的にエラゼル嬢を選ばせてもらう事になった」

 国王が発した言葉で場はどよめき、ラーソルバールからは安堵の吐息が漏れた。

(エラゼル!)

 次の瞬間、エラゼルの顔を見やり嬉しそうに微笑む。友が将来の王妃様になるのだと叫び、両の手を挙げて喜んで飛び回りたい。喜びのまま、今にも彼女に飛びついて抱きしめたかったが、居並ぶ人々の手前それもできなかった。


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