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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十二章 運命の糸は

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(二)心休まらぬ日々③

 申請していた副官人事の書類が承認され、所属する小隊との調整がついてシェラが副官として着任したのは七月九日の夕方。

 それはラーソルバールが資料と書類との格闘をほぼ終えた頃であった。

「着任早々で申し訳ないんだけど、私は明日公休なのでシェラはこの辺の資料を読んでおいてくれる?」

 部屋に現れたシェラの顔を見るなり、ラーソルバールが指さしたのは書類の小さな山。

「公休?」

 中隊の管理資料と思われる書類の束に苦笑いしながらも、気になった事を聞き返す。

「登城しろって……言われててね」

 頬杖をつきながら、ラーソルバールは嫌そうな声を出した。


 そして翌七月十日。

 馬車に乗って城へと向かう。

 久々にドレスを着せられた上に、丁寧に化粧を施されたので、ラーソルバールは少々機嫌が悪い。ドレスよりも重い金属鎧を着ている方が、何故か軽く感じられるのだから不思議なものだと思う。

「いい加減教えてください。父上は話を聞いているんでしょう?」

 ラーソルバールは口を尖らせて父を睨む。今でも剣の師として王太子と接する機会を持っているのだから、何か聞いているはずと思っているのだが。

「何も知らんよ。殿下も公私は弁えてらっしゃるから、今日の事をご存知だったとしても教えては下さらないよ」

 そう言って父は笑う。確かに真面目な性格の王太子がそういった情報を漏らすとは思えない。

 馬車が王宮前に到着すると、既に一台の馬車が停まっていた。その車体側面に描かれた家紋はコルドオール家のもの。これにファルデリアナが乗ってきたと考えれば、今日の用件はひとつしかない。

 城の衛士に手を取られ馬車から降りると、続くように馬車がやって来た。

「デラネトゥス家の家紋……」

 ということは、乗っているのはエラゼルだろう。衛士の手を離すと足を止めて後続の馬車が停まるのを待つ。

 案の定、馬車から降りてきたのはエラゼルとデラネトゥス公爵だった。

「ラーソルバール!」

 毎日顔を合わせていた頃よりも、会えなくなった分だけ感情が表に出やすくなったのだろうか。ラーソルバールを見つけるとエラゼルは嬉しそうに笑顔を弾けさせ、辛うじて淑女の嗜みの範囲内といった速度で駆け寄ってきた。

「久しぶりだね」

 笑顔で応えたラーソルバールだったが、直後にエラゼルに勢いよく抱き付かれて平衡を崩して半歩後ずさった。何とか踏みとどまったラーソルバールは、両の腕をエラゼルの腰に回し子供をあやすように柔和に微笑む。

「あとでしっかりシルネラの話を聞かせて貰うからな」

 任務だったという理由があるにせよシェラだけを連れ、自分ばかりが置いて行かれたと言わんばかりにエラゼルは拗ねたような表情を浮かべる。

「はいはい。私からも話すことがあるから、その件はあとでね……」

 あとでとは答えたものの、この日の用件を終えれば二人の関係性も変わらざるを得ないのではないか、という懸念が頭をもたげた。


「娘があんな顔を見せるのは、二人の姉とラーソルバール嬢にだけですよ」

 デラネトゥス公爵は、クレストに歩み寄りながら嬉しそうに顔をほころばせる。

 ラーソルバールをもう一人の娘と公言するだけあって、二人の娘達を見る目は優しく穏やかなものだった。

「お久しぶりです、デラネトゥス公爵」

 クレストは目上の存在に、できる限り失礼の無いように頭を下げる。

「いやいや、娘の大事な友人の父親にそんなに頭を下げられては困る。頭を上げてくだされ、ミルエルシ男爵……あ、いや今はその呼称では二人になってしまうな」

 少々困ったように天を仰ぐと、少々気恥ずかしそうに言葉を続けた。

「クレスト殿とお呼びしても良いかな? 私の事はウェルディと呼んで頂いて構わない」

「はい、私の事はクレストとお呼び下さって構いませんが、公爵を御名でお呼びするのには、王城の最上階から飛び降りるのに等しいものがあります……」

 娘たちが楽しそうに触れ合うのを横目に、クレストは苦笑いしながら申し出に対し丁重に断りを入れた。


「今日は、恐らく例の件での呼び出しだろうが、結果は私も知らぬ。それがどうあろうと、このまま変わらずにいて欲しいと願うのだが……」

 不安そうなエラゼルの瞳に、ラーソルバールは最初の武技大会が終わった時の事を思い出した。今はあの時と違って、この友とずっと一緒に居たいと素直に言える。

「それはこちらからお願いすることだよ。選ばれるのは間違いなく貴女だろうし、その大役は貴女にしかきっと務まらないと思う。ただ……」

「ただ、何か?」

 エラゼルは大事な友。かつて「何が有っても裏切らない」と言ってくれたように、ラーソルバールもまた彼女を終生裏切るつもりはない。

 友を抱きしめた腕を解かず逆に腕に力を入れると、ラーソルバールは意を決するように息を吸った。

「エラゼル……貴女は選ばれたら、自己を犠牲にしかねない人。それだけに貴女自身が幸せだと思える未来が待っているのか、それだけが気掛かりで……」

「では、私が暴走しそうだったらラーソルバールが止めてくれ。私が幸せそうに見えなかったら、ほんの少し助けてくれ……」

 信頼するから出る言葉、それに応えるのもまた信頼か。

「うん……約束する……」

 幼い頃から絡み合ってきた二人の運命の糸。その糸が描き出す未来を二人はまだ知らない。


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