(一)願い②
この日の予定はギルドの訪問と、軍部への挨拶。
ラーソルバールに出来るのは、昨夜の暗殺未遂時に使われた小剣を秘密裏にホグアードに渡す程度。
その為には、一筆書状をしたためる必要がある。
急いで鞄から筆記具を取り出すと、机に座りペンを走らせる。
「ラーソル、起きてる? そろそろ支度して朝食にしないと時間に間に合わないよ!」
シェラが騎士学校当時のように扉を叩く。これがシルネラに着いてからは日課になっているが、今は懐かしんでいる余裕もない。
「ごめん、鍵は開いているから、ちょっと入ってくれる?」
「じゃあ、入るよ?」
扉を開ける音がしたが、ラーソルバールは振り返らない。
「どうしたの? 昨日の帰りも遅かったみたいだし、何かあった?」
シェラは昨夜この部屋を訪れたのだろう。心配したような声に、ラーソルバールはゆっくりと振り返った。
「昨日、アシェルタートが暗殺されかかったの……」
「……え!」
ラーソルバールはそのまま手を止めて、シェラに前夜の出来事を話して聞かせた。
状況を把握したシェラはひとつ大きなため息をついた。
「ホグアードさんも関与してたらお手上げだよ……?」
「そこなんだよね……。何をすれば自国が危うくなるかという判断は出来る人だと思うけど……」
そう言いつつ、書状を暗殺者の小剣とともに布で包んで鞄に詰め込んだ。
「支度を済ませるからちょっと待ってて」
急いで髪を整え、軽くだが苦手な化粧を施す。横でシェラがにやにやと笑うのが見えたが、気にしている場合ではない。とはいえ、慌てたところでギルドに顔を出す時間に変更は無いが。
集合時間から逆算して何とか間に合う程度で支度を済ませ、宿で用意された朝食を食べるため部屋を出て階段を降りる。食堂には既に他の騎士たちの姿は無く、時間の制限さえなければ落ち着いて食べられる雰囲気なのだが。
「ごめんね、付き合わせてしまって……」
「ふふ、学生時代を思い出した。たまにはこういうのも悪くないね」
こんな時でもシェラは優しい。騎士学校を卒業してから彼女の優しさに触れる機会が少なかったので、嬉しくもあり申し訳なくもあった。
そんなシェラに今まで言い出せなかった事が有る。
「シェラ、ひとつ相談があるんだけど……」
「……なあに?」
ラーソルバールの表情が真剣なものに変わったので、シェラは様子を伺うように少し間を置いてから返事をした。
「私としてはあまり嬉しい話では無いんだけど……。今回の任務終了後に昇進、という話を内々に頂いているのだけど……」
周囲に人は居ないが、念のため小声で話す。
「ああ、今回の任務で晩餐会の件の清算するのね。……で、それに何か問題でも?」
晩餐会の件は近い場所に居たシェラも見えていたし、その後にエラゼルからも事件の概要は聞いている。ラーソルバールの昇進は彼女の中では織り込み済みだったのだろう。
ちなみにリファール王子暗殺未遂事件については、シェラは全く知らされていない。
「ええと……。言いにくいんだけど、一月官に昇進して中隊長になれば副官を任命できるということらしくて……」
「……ん? もしかして私を……?」
意外だったのか、シェラは少し驚いたような表情を浮かべ食事の手を止めた。
「え、あ……嫌だったら断っていいの。新人の二人が中隊長とその副官だなんて、何を言われるか分からないし……」
新人でありながら既に一月官、そしてその副官までもが新人。非難されない方がおかしいだろう。ラーソルバールとしては、そこを一番気にしている。
自分が言われるだけならまだしも、シェラを巻き込む形になってしまう事に疑問を持ち、気が引けていた。
「うふふ、一緒に居られるなら嬉しいし断る訳ないでしょ。でも……私は心が狭いから同期の偉い上官に嫉妬しちゃうかもよ?」
そう言いながらも、シェラは嫉妬心などは抱いていないかのように笑顔を崩さない。
申し出を快諾してくれた事への安心感がラーソルバールを包む。
(なんだ、私は騎士になってから寂しかったのか……)
幼年学校時代にはこれといった友人を作らずにいたので、自分はそうした環境でも気にならないかと思っていた。だがいつの間にか、騎士学校時代での友人たちに囲まれた生活に慣れてしまっていた事に気付かされた。
「よろしくね。できれば私が間違えたら正してくれると嬉しいな……」
ラーソルバールは友に最大限の感謝を伝えるように、頭を下げた。
食事後、身支度を終えた二人はそれぞれ荷物を持って他の騎士と共に宿の前に集合した。
「ミルエルシ三星官、その荷物は?」
「ここのギルド長であるホグアート様には騎士学校時代の課程でお世話になったので、御礼をと思いまして。私的ではありますが、任務に支障をきたすような事は致しません」
大隊長のフェザリオに暗殺者の剣が入った袋について尋ねられ、用意していた答えを口にする。
「分かった、礼節は重要だ。そういう事であれば問題ない」
疑う様子を見せないフェザリオの笑顔に、ラーソルバールは少し罪悪感を覚えた。




