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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十二章 運命の糸は

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(一)願い①

(一)


 シルネリア滞在四日目の朝。

 ラーソルバールの目覚めは良いものでは無かった。

 シルネラと帝国との間での外交問題が発生するかどうか、それによってヴァストールの立場も変わるだけに、心穏やかではいられなかった。


 昨夜に遡る。

「大丈夫、腿の方の出血は多いが、これくらいでは死なないよ。」

 治癒の魔法を行使しながら青ざめるラーソルバールを気遣って、アシェルタートは優しく声をかけた。

「もう少し戻るのが遅かったらと思うと……」

 傷口から流れる血に動揺が収まらず、手が震える。

「あ、ほら、魔法の制御が乱れているよ」

「ごめんなさい、魔法は苦手なもので……」

 苦笑いする顔も少しひきつる。ただでさえ苦手な魔法を使用するにあたって、精神的に集中できないとあっては制御が乱れるのは当然だろう。

 それが分かっているだけに、焦りが更に募る。騎士学校で練習してきたはずなのに肝心な時に上手くできなくてどうするのか、ラーソルバールは自嘲した。


 傷を癒し終わると、ラーソルバールは大きく息を吐いた。

「これでとりあえず出血も止まり傷口も塞ぎましたが、後で必ず高位の術者に看てもらってくださいね」

「分かった。だが、痛みも無いしちゃんと動くから大丈夫だと思うよ」

 アシェルタートは笑顔を向けて立ち上がる。その姿を見てラーソルバールもほっとしたように、微笑みを浮かべた。


 ラーソルバールも立ち上がり、放置されていた暗殺者の剣を手に入れたが、証拠の品としてどうすべきか悩んだ。

 アシェルタートに渡せばどうなるか。もしドグランジェ将軍の耳にでも入れば事態はさらに大きくなるだろう。帰国を遅らせてでも議会に提出して抗議し、そのまま紛争の種になる可能性がある。

 アシェルタートは深刻そうな表情を浮かべるラーソルバールの傍に歩み寄り、肩ごしに血の付いた剣を見詰めた。

「大丈夫、僕は帰り道に転んで怪我をした。そしてルシェの魔法で治してもらった、というだけの話だ。しばらく会えなくなると思っていたルシェにまた会わせてくれたという意味では、感謝してもいいのかな」

 そう言うと、ラーソルバールの頬にそっと口づける。

「なっ!」

 突然の事にラーソルバールは驚いてよろめきながら半歩下がると、顔を赤らめて頬に手を添えた。

「今までよそよそしくしていた罰だよ」

 アシェルタートは悪戯っぽく笑った。



 その後は彼の宿まで連れ添って行き、ボルリッツに後を頼んで結局馬車で自らの宿に戻ってきたのだった。

 別れ際、証拠の剣は血を拭き取り布にくるんだ状態でラーソルバールに手渡された。アシェルタートは約束通り、外交問題にするつもりは無いという事なのだろう。

 意図せずドグランジェ将軍の耳に入る場合を考慮しなければ、シルネラは守られたことになる。

 彼の想いは『ルシェ』の国であるシルネラを守るためか、そこから発展しうる大きな戦争を回避するためか。

 自意識過剰のつもりはないが、恐らく自分と関係の無い国での出来事であったなら、その対応も違っていただろうとは思う。


 では、自分はどうすべきなのか。

 帝国の交渉内容も見えないが、暗殺問題もすっきりしない。朝日が部屋に差し込むように問題に光明が見えれば良いのに。床に落ちる陽の光をぼんやりと見詰めながら、ラーソルバールは悩んでいた。

 せめて犯行を企図した者をあぶりだす必要があるのか。今日からは騎士ラーソルバールに戻るだけに、動きを誤ることはできない。

 気掛かりは再び暗殺が計画される可能性。

 単純な人違いで襲われたという感じでもなければ、物取りでもない。他国での事だけに怨恨の可能性も低い。確実にアシェルタートを狙った可能性が高い。

 警告程度で済ませるものだったとは考えにくく、再び狙われても不思議ではない。

 そもそも日中の街中で衆目の中で暗殺を仕掛ける事もないだろうが、少なくともアシェルタートにボルリッツ以外の護衛が居ることは確認した。ドグランジェ将軍と合流してしまえば、その時点で暗殺者の付け入る隙は無くなる。

 街を出てしまえば、それこそ部隊を動かさなければ手出しはできないだろう。

 そこまで考えて、着替える手を止めた。


 もし「兵を動かせる立場の人間」が暗殺を企図していたら?

 そもそも帝国との交渉が議会の外部に漏れるとは考えにくいだけに、議会の関係者が関与している可能性が高い。議会関係者であれば兵を動かせるのではないか。

 そこまで大掛かりな事をするとは思えないが、完全に否定しきれるものではない。

 その結論に至り、背筋に寒いものを覚えた。


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