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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十一章 人の繋がり

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(三)心の表裏③

「ルシェが今すぐ妻になってくれると言うなら話は別だが、今は結婚している場合ではない、という理由がある」

 料理に手を伸ばしかけたシェラの手が止まり、ちらりとラーソルバールの顔を見る。

 言わんとするところは分かるが、ラーソルバールもここで結婚しましょうなどと言うつもりはない。

「父は僕が帰国した時点で爵位を譲ると言っているので、方々に挨拶に行かなくてはならない。そんな忙しい時に初対面に近いような妻が嫁いできても、気を配ってあげられる余裕などはない。……というのは、実は断るための建前なんだが」

 アシェルタートはそう言って笑った。

「僕も政略婚などするつもりはないが、それ以上にエシェスがうるさくてね。知らない令嬢が来ても絶対に姉とは思わない、とまで言って……」

「ふふ、エシェス様らしいですね」

 他人事のようにシェラが笑った直後。

「おお、言ってたな……。その後で、ルシェ嬢以外は許さない。百歩譲ってコッテ嬢だ、とか……」

 思い出したように笑いながらボルリッツが付け加えたが、いきなり話を振られたシェラは驚いたように首を横に振った。その様子を見て、アシェルタートも笑い出す。

 いかにもエシェスが言いそうな言葉だけに、ラーソルバールもその姿を想像して心が少しだけ和んだ。

「エシェス様のお心遣いは嬉しいですが、こんな仕事をしている他国の娘など、それこそ伯爵家の評判にも関わりますので、簡単に妻などになれないと思いますが……」

 伏し目がちに言葉を紡ぎ、ふと視線を上げた時、アシェルタートと視線が合った。

「僕はルシェが()()()()()()()構わないんだが……。ルシェはもう少し周囲が落ち着いてからの方がいいのかな?」

 一瞬、アシェルタートが発した言葉自体に微妙な温度差があったような気がして、ラーソルバールは気になった。その意味するものが危険を孕むものだと感じ、心の内を悟られまいと笑顔を作る。


 これはどちらの意図したものだろうか。

 今回の交渉で、帝国とシルネラの間で何らかの条約を結ばれたならば『ルシェ』の母国であるシルネラは落ち着く、という意味か。それとも、シルネラ国民では無いというところまで察して『何者であろうと』と言ったのか。とすればアシェルタートはどこまで感付いているのか。

 ボルリッツは、ラーソルバールらがルクスフォール家に害意を持っていると判断しない限り、秘密をばらす様な事はしないだろうとは信じている。もし答えを導き出しているのであれば、アシェルタート自身の思考の帰結か、何かを感付いていそうなルクスフォール伯爵夫人が関与している事なのか。


「私は……」

 ラーソルバールは言いかけて止めた。

 今、何を言っても嘘に聞こえてしまうかもしれない。苦悩しつつ胸元の指輪を服の上から握りしめ、全ての言葉を飲み込んだ。

「今すぐ決める必要はないでしょ?」

 シェラが優しく肩に手を乗せる。

「ただ、アシェルタート様は美男子だから、放って置いたら取られちゃうかもよ」

 茶化すように言葉が続く。だがそれも、シェラなりの気遣いの言葉だという事は分かる。

「そうそう、街に出ると若い女性が寄って来るからな。動けなくなっていた時もあって、助け出すのが大変だった事もある」

「……僕をそんなに苛めて楽しいですか?」

 豪快に笑い飛ばすボルリッツに細やかな抗議をするアシェルタート。雇用関係と二人の身分差を考えれば有り得ないやり取りだが、それも信頼関係が有ってのものだろう。

 結婚の話題はそこで終わり、そのまま四人は運ばれてくる料理を口にしながら和やかな時間を過ごした。

 最後には食事の代金を払うと言ったラーソルバール達の申し出も断り、アシェルタートは店員に馬車の用意させた。全部一人でこなしたのは、貴族と知られないようにしたためだろうか。本当にボルリッツと二人だけで店に来ており、執事や侍女を一切連れていなかった。

「また明日以降も都合がついたら来て欲しい。同じくらいの時間には店に居るから」

 最後の別れ際、そう告げてアシェルタートはラーソルバール達の乗る馬車を見送った。


「ボルリッツさん、彼女は何故ここに居たんだと思います?」

 アシェルタートはラーソルバールの乗った馬車が路地の角を曲がるのを確認してから問いかけた。

「何故って……。仕事の依頼が終わって戻ってきてたからじゃないのか? 別に不思議じゃないだろ」

 ボルリッツ自身、ラーソルバールがヴァストールの人間だと知っており、何故シルネラに居たのかまでは知らない。だがラーソルバールと約束しているだけに、怪しまれるような言動は避けた。そもそもシルネラの身分証明書を持っている事からも繋がりが有ることは想像できるので、ここに居たとしても不思議ではないと思ってはいるが。

「そう……ですか」

 アシェルタートは一つため息をついてから、夜空を見上げた。


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