(三)心の表裏②
恋心を多分に含んだ「会いたい」という言葉。
ラーソルバールは自身の気持ちを再確認させられ、思わず赤面した。
「改めてまして……。お久し振りでございます、アシェルタート様。皆様は御息災で在られましょうか」
紅潮する頬を気付かれていると分かっていながらも、誤魔化すようにうつむき加減に挨拶をする。その際、隣に座るシェラの笑みが視界に入ったが、あえて気付かない振りで通す。
「ああ、母も妹も元気だ。ただ……、父はもう長くはない」
想定していた事では有るが、伯爵の病が進行しているのだろう。魔法でも癒せぬ傷や病はある。自らの父を重ね、魔法も万能ではないということを今更ながらに思い知らされる。
伯爵の死、それはアシェルタートが伯爵位を引き継ぐ事を意味する。
今回の特使の随伴は、爵位の引き継ぎにあたっての実績作りも兼ねているのだろうか。
「そうですか……。申し訳ありません、無神経に物事をお聞きして……」
「気にしなくてもいい。父については家族は皆、覚悟をしている」
怒るでもなく、咎めるでもなく。穏やかな表情でアシェルタートは話す。
病の床に伏してから長くないと言われつつも、ここまで持ったのだからこれ以上多くは望まないという思いが表情から垣間見える。
「できれば……折があれば、また皆様にお会いしたいものです。以前お伺いした時、エシェス様にはコッテと一緒にまた来てほしいとお願いされていますし」
可憐な少女の姿を思い浮かべつつ、シェラと視線を合わせる。
アシェルタートの妹であるエシェスはシェラとラーソルバールに特に良くなついている。妹の居ないシェラが本当の妹のように可愛がったというのも、その理由のひとつだが。
「ああ、君に手紙を書こうとすると、どこから嗅ぎ付けたのか妹は必ずといっていいほどやって来て、遊びにくるように書けとせがむんだ」
少し照れたような苦笑いにも、妹を思う優しさが滲み出る。その自然な表情がラーソルバールの心を惹きつけ視線を外すことを許さない。
「見た目は少しばかり大人になったようだが、やはり遊び相手が欲しいんだろうさ。同じような年頃といっても侍女達じゃあ一歩引いちまうから、そういう所も鋭敏に感じ取っちまうんだろうな」
「そうかもしれませんね」
ラーソルバール達が居てもボルリッツは以前と変わらない様子で話す。共に戦った仲間だという意識が相変わらずどこかにあるのかもしれない。
「そういやぁ、エシェス嬢ちゃんにも、アシェルにも婚約話が来たんじゃなかったか? まだ断ってないんだろ?」
そんな軽く煽るようなボルリッツの言葉に、ラーソルバールは心を揺さぶられた。何かを言おうとしたものの、動揺のあまりに声が出ない。
国を跨いだ貴族同士、それも敵対する可能性の高い二国間での婚姻が難しいことはラーソルバールは良くわかっている。だからこそ、アシェルタートにとって良い相手が現れたのならば、それを喜ぶことが出来る。そう思っていた……はずだった。
「いや、エシェスはともかく、僕の方は断るつもりでいるんですよ」
その言葉に安堵しつつ、拳を握り震えを止める。
「……アシェルタート様にとって良いお相手であれば、それもよろしいのでは?」
ラーソルバールは動揺が表に出ないように無理矢理に平静を装いながら、心にも無い事を口走る。
醜い嫉妬だと分かっていながらも、止められなかった。少なくとも、もっと棘の無い言い方があったはず。どうしてそれが出来なかったのかと自らを嘲り、情けなさに目を伏せた。
そんな投げやりな言葉に、ボルリッツが驚いたように身を揺らす。
「あ、いや済まねぇ。そういうつもりで言ったんじゃねえんだ。乗り気じゃ無い癖に恩のある相手だとか言って断りにくそうにしていたから、嬢ちゃんのいるこの場で断る踏ん切りをつけさせようとだな……」
ボルリッツは慌てて弁解すると、誤魔化すように手元にあった酒を口に運ぶ。
丁度よくそこに大皿の料理が運ばれてきて会話が止まり、ボルリッツは救われた。
店員が料理を配し終えて退室すると、アシェルタートは頭を掻いてため息をつく。
「言われなくても帰ったら断るつもりでしたよ。義務を果たせばいいんですから。政略婚で縛られるのは嫌ですしね」
不満げに語るアシェルタートの腕で腕輪が光を反射して存在を示す。それはラーソルバールが渡した物で間違いない。わざわざシルネラまで着けてきているのだから彼の言葉に嘘は無いのだろう。
もう一度自分に問いかける、彼の隣に在り続ける資格はあるのか、と。




