(二)一通の手紙③
応接室でしばらくシェラと二人で過ごすことになったラーソルバールだったが、ギルド長であるホグアードの到着がもう少し早かったなら、泣き顔を見られていたかもしれない。
議会で会った時そのままの姿で現れたホグアードだったが、ラーソルバールとシェラの姿を見るなり笑い出した。
「議会で会った姿とは全然違うな。化けるものだな」
素直な感想なのだろうが、ギルドで最初にかける言葉としてはどうなのか。いや、そもそも今と議会でどっちが化けたと言っているのだろうか。二人は苦笑いで返す。
とはいえ、ギルド長であり一国の議員でもある人物に対して下手な事は言えない。
「先程は失礼いたしました」と皮肉を込めて返すのが精一杯だった。
挨拶は先程議会で済ませたばかりなので、互いに軽く会釈をするに留めた。
「それで、用件というのは?」
ラーソルバールの皮肉をさらりと流すと、ホグアードは腰掛けるなり話を切り出した。
「……まずは、昨年の御礼です。色々ありましたが、ご協力頂いた甲斐もあって無事解決致しました。有難うございました」
ラーソルバールとシェラは腰掛けたままだが、優雅さを損なう事無く頭を下げた。
「いや、ウチは名義を貸しただけだ。何をしたわけでもない」
突然改まって礼を言われるとは思っていなかったようで、ホグアードは少々驚いたように応じる。
「それと……個人的な手紙の融通まで利かせて頂きましたこと、感謝の念に堪えません」
「まあ、色々有るだろうから深く詮索はしない、国に迷惑をかけないよう程々にな」
「はい……。恐縮です」
ホグアードの口ぶりからすると、相手が帝国の貴族であることも調べたのだろうか。手紙の内容が査閲されていることも知っている様子だった。
だが一瞬感じた違和感。彼が手紙の話に鋭利に反応したように見えたのは気のせいだったろうか。
いや……。
そこまで考えたところで、ラーソルバールの頭の中で全てがが繋がった。
ホグアードはアシェルタートを知っているのだ、という事実。
隊商のアズワーンが語っていた「帝国がシルネラに特使を送った」という情報が真実味を帯びる。
アシェルタートがここに居るという事がその裏付けではないか。
彼が領主代行という立場にある事で、特使との関係を切り捨てていたのだが、ラーソルバールは大きな思い違いをしていたことになる。特使ではなく、誰かの従者として来ているというのなら説明がつくではないか。
では「誰か」とは。
そう、先程すれ違った馬車に乗っていた壮年の男こそが特使だ。その人物はルクスフォール家の客人としてやってきていたドグランジェ将軍。前回も今回も僅かに顔を見ただけだが、恐らく間違いない。将軍職にある彼であれば、シルネラに圧力をかける特使としては申し分ないだろう。
事前情報が有ったとはいえ、重大な事実だけにラーソルバールも平静ではいられない。背筋を冷や汗が流れるのを感じ、拳を握りしめる。
それでも、少しはホグアードに揺さぶりをかけるべきかと悩む。
「ドグランジェ将軍……」
思考の域を越えて、その名が口を突いて出た。
ラーソルバールのつぶやきを受けて、ホグアードの顔色が変わる。その反応が全てを物語っていた。
ヴァストールとしては有難くない事実だが、ラーソルバールの予想は的中していたという事だろう。シルネラが承諾するかどうかは別として、帝国が何らかの思惑を持って議会に交渉を持ちかけているのは間違いない。
まさにここから先は大使の働きにかかってくる。
二人の反応が気になったのか、シェラは黙ったままラーソルバールの袖を掴む。何かを言うべきではないと感じたのかもしれない。明日にでもシェラにはこの件をファーラトス子爵に伝えてもらう必要があるが……。
顔を強張らせたままのホグアートに視線をやると、ラーソルバールは小さくため息をついた。
「すみません、独り言です。お気になさらずに」
作り笑顔でそう告げる。
ホグアード自身も隠せていないことを悟っている様子だが、ここで彼を追求したところで帝国との交渉結果が変わるとも思えない。下手をして機嫌を損ねられてもこちらが困るだけで、良い事は無い。ラーソルバールは自らの駆け引きの不得手さを感じた。
アシェルタートの件と併せ、ドグランジェ将軍の件は想定外だっただけに、ラーソルバール自身も動揺は隠せない。気を取り直して話を続けるため、ゆっくりと息を吸う。
「……あと、お願いしたいのはメンバー全員のギルド登録の更新です」
「……ああ、分かった。手配しておこう」
この後の予定していた話を続け、全てをまとめたが、どこかぎこちない雰囲気を残したままの話し合いとなった。
ホグアードとの面会を済ませた後は、アシェルタートとの再会が待っているのだが。ただでさえ動揺しているのに、シルネラに居る理由を知ってなお平静を装っていられるだろうか。
「ほら、元気出して!」
ギルドから出て、シェラに背中を叩かれる。
会いたかった人に会うはずなのにと、ラーソルバールは苦笑しつつ大きなため息をついた。




