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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十一章 人の繋がり

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(一)縁というもの②

 ラーソルバールとシェラは子爵に付き従うように後ろを歩く。

 そこにあるのは父と娘という距離感ではない。シェラ自身、あくまで騎士としての立場を崩そうとしていないようにも見える。

 普段は彼女が明かしたような確執があるようには見えなかった。だが、王都を発ってから、親子の会話らしいものは無い。

 シルネラまでの行程の中で、少しは変わってくれれば良いのに、とラーソルバールは思う。それがシェラにとっては余計なことかもしれないと分かってはいるのだが。

「我儘を言ってすまないね。何か面白い物でも取り扱っていないかという興味と、情報収集が目的だ。行商人達の持っている情報は馬鹿に出来ないからね。時には重要な他国の情報を持っていたりもする」

 そう言って笑う子爵の足取りは意外にも軽い。

「《《面白いもの》》が得られると良いですね」

 手にするのは商品か、それとも情報か。いずれにせよ、暇に飽いた子爵が満足出来るものであれば良いのだが。


 三人が近づいてきたのを見て、隊商の人々は僅かに身構えた。騎士団が警護していた馬車の中に居た人物だろうと察してか、反応と動きが少々硬い。

 周囲の戸惑いの中、護衛が前に出ようとするのを制して隊商の長と思しき人物が前へ出てきて頭を下げた。

「私はこの隊商の長でございます。あの……失礼ですが、私共に何か御用でしょうか?」

「はい、休憩されているところを申し訳ありません。この方にお取り扱いの品を少し見せて頂けませんか?」

 ラーソルバールが申し出ると、隊商の長は少し困惑したような表情を見せた。

「私共は禁制の品など取り扱っておりませんが……」

「あ、言葉足らずでした。検閲などではありません。皆様が休憩の間だけで良いので、何かお勧めの品を見せて頂ければ、と……」

 事情を説明しようとラーソルバールが話しているうちに、隊商の女性たちが何やら騒ぎ始めた。

 煩わしそうに後ろを一度見やったあと、後ろから聞こえてきた言葉にはっとしたように、隊商の長はラーソルバールの顔を見た。

「ああ、貴女は!」

「はい?」

 何かに驚いたような長の態度に、ラーソルバールは首傾げた。

「お忘れでしょうか? 私はアズワーン。二年ほど前に、私共の隊商が賊に襲われているところを貴女に助けて頂きました」

 そう言われてラーソルバールもようやく思い出した。

「あ……。あの折は色々と頂きまして、御礼もそこそこに済ませてしまってすみませんでした……。と……、その話はまた後で」

「そうでした! 申し訳ありません」

 この後、ラーソルバールは子爵を紹介、隊商は子爵の注文に応える形で積み荷を見せる事になった。隊商には危険は無いと判断し、ラーソルバールは少し離れてその様子を伺う。結果として、図らずも父と娘だけの時間を提供する事になったのだが……。その間、隊商の中でも手の空いている者達は、次々にラーソルバールに寄ってきては嬉しそうに握手を求める。

「お久しぶりです、今は男爵様になられたんですって?」

「あの時のお嬢さんが噂の聖女様だなんて嬉しいわ!」

 女性たちのお喋りは止まらない。終いには「私たちが皆で着替えをさせたのよ、って言うとどこに行っても驚かれるのよ!」とまで。

 果たして自分の噂はどうなっているのだろうかと、苦笑いするしかないラーソルバールだった。


「すみません、代わる代わるに。隊商の誰もが貴女にまたお会いしたいと口にしておりましたので」

 傍らに居たアズワーンが恐縮したように肩をすくめる。

「私も国内の公示でお名前を見たときには驚きました。珍しいお名前なので、間違いないだろうと。準男爵になられたかと思えば、一年程で男爵にまでなられて……。巷では英雄だの聖女様だのと言われて大変ではありませんか?」

「そうですね……。そう呼ばれるようになりたいと思った事は一度も無かったですし、もちろん私自身その器ではないとも思っています。私は……ただ、この国の人たちを守りたいだけなんです……」

 身内や友人以外に初めてこぼす思い。

「それは他国の人間がどうなっても良いという意味ではなく……。私の手、私の力では所詮は近くのものを守るだけで精一杯なんです」

 自嘲気味に語るラーソルバールにアズワーンは微笑みかける。

「ご謙遜を……。偉そうなことを言うようですが、その守るという気持ちと行いが貴女と誰かとを繋ぐ、大事なえにしを作り出しているのだと思いますよ」

 その言葉で気付かされた。

 自分のささやかな力でも、守れた人がいる。アズワーンの言う通り、それが自身と人とを繋ぐ糸になった事もあるのではないか。

「有難うございます。おかげで少し肩の力が抜けた気がします」

 ファーラトス親子を見ながら、ラーソルバールは微笑みを浮かべた。

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