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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十章 架け橋

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(四)騎士と爵位②

 通り過ぎて行った女性から視線を戻すと、見知った人物がやって来るのが見えた。

「何だ、珍しいな……。お前がこんな所に居るなんて」

 ギリューネクだった。

「珍しいって……、中隊長はいつもこちらに来られているような口ぶりですね?」

「そうそう。ほとんど毎日だよ」

 ラーソルバールの問いかけに対し、ギリューネクの隣に居た男が代わりに答えると、にやりと笑った。

「独身だからさ、飯作ってくれる人もいないし、暇だし……」

「バリュエ……同期だからって余計な事を言うんじゃねえ! お前もだろ」

 さらに続けたところをギリューネクに止められた。

「おっと、すみませんでした、一月官殿!」

 わざとらしく答えたあたり、同期という事もあって仲が良いのだろう。その軽妙なやり取りに、ラーソルバールとシェラは下を向いて必死に笑いをこらえる。

「そういや、さっきはどうした? 妙な顔してたが……」

「え……ああ……、中隊長はあの女性をご存知ですか?」

 ギリューネクの問いに答えてから、ラーソルバールは少し驚く。

 今までのギリューネクならば、それこそ先程の女性のように睨むか、見て見ぬふりをして通り過ぎたはず。こちらを気遣うような言葉などかけてくる事も無かっただろう。

「あの女か? 俺と同じ一月官だが、年は向こうの方が若い。二十三か四くらいだったと思うが……。あいつがどうかしたのか?」

「先程、妙に敵意剥き出しな感じで睨まれたもので……」

 素直に答えてよこすあたり、ギリューネクに心境の変化でもあったのだろうかと、むしろそちらの方が気になってくる。


「ちょうど良いから相席させてもらうよ」

 ラーソルバールの可否を聞く前に、バリュエは嬉しそうに隣に腰掛ける。そんな相棒を見て、少々嫌そうな顔をしながら、ギリューネクはシェラの隣に座った。

「彼女は、我々と同じ第一騎士団所属で第八中隊長のリスファー・ロア……いや、今の姓はモレッザだったかな。元々は平民だったんだが、男爵家が何かの婚外子だったことが分かって、引き取られたらしい。何でも最近そこの家の子息が事故死したとかで、跡継ぎが必要になった途端に思い出したように連れてこられた、とかいう話さ」

「騎士学校では首席だか、次席だかだったと聞いたことがある。優秀だったから、という事もあるんだろうな」

「はぁ、なるほど……」

 バリュエとギリューネクの説明がやけに詳しいので、黙って聞いていた二人は少々驚いた。

「綺麗な人ですしね」

 相槌をうつように、シェラが愛想笑いを向ける。すると、得心がいったというように、ラーソルバールは小悪魔のような笑みを浮かべた。

「あぁ、そういう事ですか」

 その様子に気付いたバリュエは、酒と食事を注文しようと品書きに伸ばした手を慌てて止めた。

「いや……以前に平民だから嫁にしようかとか考えた奴が居たんだよね……」

 言いながら、ちらりとギリューネクの顔を見る。

「ばっ……! 何言ってる、それはお前だろ!」

 部下の手前、下手な事を言われたら困ると言わんばかりに、ギリューネクは顔を赤くしながら全力で否定する。普段見たことも無いような表情に少し驚きながらも、ラーソルバールは新鮮味を感じてくすりと笑った。

「ああ、そういう事か。うん、俺だって事にしておいていいよ」

 バリュエは何か余計な気を回したかのような台詞を吐きつつ、ラーソルバールの顔をちらりと見やり、したり顔で笑う。だがラーソルバールにはその意図が理解できず、不思議そうに首を傾げた。

「彼女もあの世代ではかなり出世している方だからな。要は同じ男爵家だかの娘という事で、妙な敵愾心でも持っているんじゃないか?」

 務めて真面目な顔をすると、ギリューネクは自身の予想を口にする。

「無理もないよね。君は正騎士になったばかりだというのに、もう三星官だからね。妬みとかの対象になるかもしれない。せいぜいこの上司を風除けに使うといいよ」

「馬鹿言うな。俺なんか風除けになるか。それに……いや、何でもない」

 ギリューネクは言いかけた言葉を止めた。

 ラーソルバールに対して以前のような敵対心は無いということは自覚している。風除けというのも、今なら上司としてやぶさかではない。だが、ルベーゼの拉致未遂事件の事もあり、すぐに上司ではなくなるだろうという思いがある。

 事件を秘匿する必要もあり、第二騎士団では知られている事だが、他の騎士団に知られる訳にはいかない。

「さあ、酒と飯だ。今日は()()()が払うから好きなものを頼め」

 ちゃっかりとバリュエを巻き込みながら、ギリューネクは話を逸らした。

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