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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十章 架け橋

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(四)騎士と爵位①

(四)


 晩餐会の四日後、ラーソルバールは事前に聞かされていた通りの命令書を、第十七小隊隊長として正式に受領した。

 シルネラ大使が交代するにあたり、新旧の両名が本国とシルネラ間を移動する際の護衛を行うというもの。大使だけに国としての護衛が必要となるのは当然と言える。


 ファーラトス子爵と一緒に行って、ゼレッセン子爵と帰ってくるだけの簡単な任務かというとそうでもないようで、両者の五日間の引き継ぎ期間中はただ宿に待機している訳ではなく、シルネラの議会やギルドでの交流といった予定も組まれているらしい。

 また、道中も安全とは言いきれない状況だと聞かされている。

 怪物の巣窟となるような場所が近くにある訳ではないので、それらの出現頻度は高いものではない。だがカレルロッサ動乱から一年以上が過ぎたにも関わらず、未だ取り潰しとなった貴族の私兵達が中心となった野盗が根絶されたわけではない。

 更には国直轄地となった旧貴族領でも、運営上での問題が少なからず生じていると聞く。生活苦に喘ぐ者も少なくないはずで、生きる為に犯罪に手を染める者が出てくる可能性も高まっている。

 こうした状況を踏まえると、単純に新旧両大使に面識があるからと選ばれた訳ではなく、しっかりとしたラーソルバールの実績作りといった側面も見えてくる。そこにナスターク侯爵のしたたかさが垣間見えた。


 道中の不安、国内の不安。今の国内のそうした問題を客観的に見れば、領地や国の立て直しというのが容易ではないと思い知らされる。それは当然、暴動の有ったイスマイア地区を与えられたラーソルバールにとっても、他人事ではない。

 暴動から二年近く経過しているため住宅や農地の復興はほぼ終わっているものの、引き継いだときには経済の立て直しはまだ半ばだった。そのためラーソルバールは領地運営に手元の資金を投入して小さな役場を設け、地元住民を数人雇い入れた他、税率を下げて流通の円滑化を行った。

 更に今は戸籍の徹底、特産品の開発や食糧の確保などに注力している。

 領地の改善の為には一歩でも立ち止まっている暇は無い、という思いが強いのか。晩餐会後に短期の休暇を与えられたラーソルバールは、疲労を心配する周囲の反対を押し切って自領地への視察を計画し、周囲を慌てさせた。


「どうしても行くと仰るなら、私も同行いたします!」

 二泊三日で領内を回るという予定を聞いたエレノールは、止められないと悟ると半ば呆れながらもそう申し出た。

「それは構わないけど……視察だから暇かもしれないですよ」

「シルネラに行かれるという話もあるのに、そんな無理をしていたら潰れてしまいます!」

「私は騎士ではあるけど、同じように領主でもあるから……。何もできない小娘って言われる分には構わないけど、領民を苦しませるようなことをしたら駄目だと思うんだよね」

 ラーソルバールはそう言って笑った。

 領主など身の丈に合わない役回りだから、高い志を持てば途中で挫けてしまう。こんなことを考えている時点で良い領主ではないかもしれない。それでも人々の生活が改善してくれれば嬉しいし、頑張った甲斐もある。人並み程度には頑張っているなと思われたら、今はそれで良いとラーソルバールはエレノールに語った。


 身分を隠すことなく上下を設けずに領民と触れ合いながら、人々と楽しそうに話すラーソルバールを見て、抱えた思いが領民に届いて欲しいと、視察に同行したエレノールは願って止まない。

 あの日フェスバルハ伯爵家で会った少女は、階段を駆け上がるように成長している。まだあどけなさの残る少女に大きな可能性を感じたのは、やはり間違いではなかったと実感する。

「ラーソルお嬢様。私は貴女の傍らに立てるほど良い侍女にはなれないかも知れませんが、それでもお嬢様に褒めて頂けるよう精一杯働かせて頂きますね」

 主の言葉を少しだけ借りて、エレノールは小さくつぶやいた。


 王都に戻ってきてから、ようやくシェラとゆっくりと話す時間が取れた。

 今まで父の異動に伴い彼女自身も慌ただしく動いていたようで、予定が合わなかったせいでもある。

 夕方、騎士団本部の食堂兼酒場で待ち合わせし、予定通りの時間に席に着いた二人は先に飲み物の注文だけ済ませると、互いに笑顔を向けた。

「ラーソルとはいつも顔を合わせているのに、話す時間も取れなくてごめんね」

 シェラは申し訳なさそうに身をすくめる。

「ううん、今は大変な時期だし……。お父様の支度はどの程度終わったの?」

「うーん、八割方は終わったんじゃないかな。長期の滞在になるからそれだけ物も必要になるし……」

 シェラが言いかけたところで、ラーソルバールは通り過ぎる女性士官から自身に向けられた厳しい視線に気付いた。

「今の人は?」

 見知らぬ相手だけに、恨まれるような覚えもない。不思議に思って小声でシェラに尋ねたのだが。

「さあ……」とあっさりとした答えが返ってきた。


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