(三)人それぞれの明日へ③
数日後、ヴァンシュタイン家はガドゥーイの一族からの除名を正式に国に申請し、承認された。その背景にあったのは、国からの厳しい査察と追及だった。
国王の名の下で行われた査察、それはガドゥーイの犯罪行為に関するものである。
調査を開始して間もなく、ガドゥーイの屋敷から呪詛に関する資料と、ルベーゼに対して行われていた呪具が発見された。
その呪具が置かれていた祭壇には、どこらか入手したのかルベーゼのものと思われる毛髪の束と彼女の肖像画が共に置かれてあり、魔法院の調査によれば呪詛は対象者の命を奪う程ではないものの、健康を大きく損なう事を狙ったものだと断定された。
呪詛によりルベーゼを病弱な者として評判を落とすとともに社交界から遠ざけ、競争相手を排除したうえで自らは熱心に婚約を迫る。これは、嫁ぎ先が無くなればいつかは首を振るだろうという目論見があったからだろう。
これで呪詛の裏付けがされ、拉致と併せてガドゥーイの犯罪が認定された。
更に査察団はヴァンシュタイン家にあった書類を差し押さえ、追加調査を行った。名目上はガドゥーイの犯罪行為が家ぐるみで行われていたかの確認、という事であったが実際の査察は帳簿や証書など領地運営に関するものにまで及んだ。
その結果、偶然発見された不正の証拠は宰相を通して国王に報告される事となる。国に納めるべきだった税を着服していた事や、国営事業の資金の不正流用、無許可での大量の武器購入が確認され、不正資金の国庫への返納と武器没収が決定。そして公にはしないものの、侯爵は三か月間の謹慎と、半年後の隠居が決められた。
ガドゥーイの犯罪は結果として実家を巻き込んだ大事件となり、本人は二十年の禁錮刑を言い渡されて罪人として牢へと送られた。
復讐を誓ったところで、牢から出たときには後ろ盾の無いただの平民でしかない。この後、彼は家から手を差し伸べられる僅かな可能性を信じて牢生活を送ることになる。
また拉致事件の際、ガドゥーイに協力したとして拘束された衛士はヴァンシュタイン家の分家出身であり、脅されたことで申し出を拒否することが出来なかったとして情状酌量され、禁錮一年の処分が下されることになった。
最後に、実際に呪詛を行った者は前年に死去していたと判明。実行犯死亡で親族に罪無しとして処理されることになった。
ガドゥーイの邸宅から押収された呪具は、宰相メッサーハイト公爵とデラネトゥス公爵および魔法院の監視の下、ルベーゼの眼前で解呪されたうえで破壊された。
これによって呪詛から解放されたルベーゼは、効果消滅を確認するようにふわりと体を一回転させたあと、安堵したように穏やかに微笑んだ。そして彼女は感謝を示すように魔法院の人々に深々と頭を下げた。
長年ルベーゼを苦しめ続けた呪詛事件も、ここでようやく終わりを告げたのだった。
「……という事だ」
エラゼルはラーソルバールの前で、事件の後始末について語って聞かせた。
大きく事件に関与したラーソルバールだが、一連の事が公にされていないため結果を知るはずもない。エラゼルの話に時折相槌を打ちながら、表情を変えることなく最後まで大人しく話を聞いていた。
今回の事件に関し、一方の当事者であるデラネトゥス家には全ての情報が提供されている。だが国として公にしない話を、軽々に口外して良い訳ではない。
これはエラゼルがラーソルバールの家に行くと父に告げた時「彼女には色々と説明してきなさい」と、遠回しに言われたからでもある。そうでなかったとしても、エラゼルとしては姉の事件解決に対しての感謝の意味も込めて、大事な友に密かにある程度の事は話すつもりではあったのだが。
「なるほどね……」
話を聞き終えたラーソルバールは短く答えると、ティーカップを口に運んだ。
「まあ結果的に、ルベーゼ姉様にとっては大きな転換となる夜だった訳だし、無理にでも出席させて正解だった。ラーソルバールの思惑通りか?」
エラゼルはにやりと笑った。
「リファール殿下の想い人に関しては想定通りだったけど、お二人の件に関して言えば結果は予想以上。拉致事件は想定外だし、そこに殿下が絡んできたことも、ヴァンシュタイン家の処分も全く……」
「確かにそこまで分かっていたとしたら、もはや神か悪魔だな……」
「ただの人間の想像力なんて大したことないよね」
二人は顔を見合わせ、同時に苦笑する。人生どころか、明日にだって何があるか分からないのだから。
「そうだ、今度の任務でシルネラに行く事になったよ……」
エラゼルに会いたかったのは、しばらく王都を離れるから。素直にそう言えないラーソルバールだった。
こうして様々な出来事と共に、ルベーゼ拉致事件は幕を閉じる事になる。
公にされなかった拉致事件だが、この事件が後々まで尾を引くことになるとは、この時は誰も想像すらしていなかった。




