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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第四十章 架け橋

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(三)人それぞれの明日へ②

 ラーソルバールは部屋を出ると、気持ちの整理をつけるため大きく息を吸ってから吐いた。


 正式な命令書は後日届くと言っていたが、事前に伝えるところを見るに、この護衛任務にはかなりナスターク侯爵自身の意向が容れられいているのだろう。個人的に指名されたようなものだが、それが私人としてだけでなく公人として評価されてのものならば、その思いに報いなければいけないと思う。

 ただ、任務についての話で気になったことがひとつある。ナスターク侯爵は帝国調査の一件で、シェラとの関係を知っていたはず。にも関わらず、そこを濁した言い方をしたのはやはり、メッサーハイト公爵の前で肩入れしすぎていると思われぬよう、気を遣ったという事だろうか。

 そうであれば、存外食えない人だと思わずにはいられない。


 華やかな音楽の流れる晩餐会の会場横の廊下を歩きながら、今日の一連の出来事を考える。

 拉致事件は想定外だったものの、リファール王子の想い人については予想通り、そして想定以上の結果も得られたし、上出来だったのではないか。

 婚約自体は最終的にはレンドバール側の許諾は必要ではあるが、事前に王子から聞いた限りでは権力的なしがらみは薄そうであるし、王位継承権を破棄してでもという思いがあるそうなので、却下されることは無いと見ていい。

 自身が手を出すことなく結果が出たのは喜ばしいことだ。そう思うと最早、近衛兵たちの冷ややかな視線も気にならない。


 ただひとつ……。


 幸せそうなルベーゼの涙が胸に刺さった。

 政略結婚が多い貴族社会において、幼い日に夢見た想いが叶うというのは何と羨ましい事だろうか。

 溢れる想いに、自然に手が胸元を押さえる。鎧の下、衣服に隠れて見えないが、いつもそこにはアシェルタートから送られた指輪がある。

 指輪を常に指にはめている訳にもいかないが、常に身に着けておきたい。その思いから、指輪に銀の鎖を通して首から下げている。

 今日の二人のように国を跨いで叶う恋もある。自分の想いもいつか報われる日が来るのだろうか。

 王宮の大扉を抜けると、小さくため息をついた。と同時に、ラーソルバールを迎える部下たちの声が響いた。



 会場では、主賓であるリファールや国王、宰相らが一時的に不在となった事で、何が有ったのかと参加者たちの間で様々な憶測が飛び交っていた。

 国王や宰相、デラネトゥス公爵らが険しい表情で会場から出て行ったと思えば、ヴァンシュタイン家が逃げるように会場から去って行く。間もなく国王とデラネトゥス公爵がリファール王子と笑顔で戻ってくると、当然会場に残っていた面々は何が有ったか理解できず、互いに肩をすくめるしかなかった。

 そうした中、会場に残されていたイリアナは三人が戻ってきたのを見て、口を尖らせ不満を示した。

「父上、存外ご機嫌なご様子ですね……」

 何やら耳打ちされ烈火の如く怒りながら会場から消えたと思えば、戻ってきてみればこの変わりよう。母と二人、何が有ったか分からず待たされた身としては、しっかりと説明して貰わなければ納得がいかない。

「すまんな……それはここでは出来ん話だ。帰ってからゆっくりな」

 ルベーゼの顔を見ながらデラネトゥス公爵は満面の笑みを浮かべ、ルベーゼもそれに応えるように笑う。

 置き去りにされてイリアナは益々納得がいかない。

「姉上、災いから一転して色々と良い事が有った、ということですよ」

 事情を知るエラゼルは嬉しそうに微笑んだ。


 この後、晩餐会は無事に終えることができた。

 参加者の帰りを見送った騎士団の面々は、疲れ切ったような表情で互いの労をねぎらう。

「お疲れ様でした! 特にルガートさん有難う。助かりました」

 一仕事を終え、ラーソルバールは解放感と満足感でいっぱいの顔でルガートを称えた。

「隊長が体張っているのに、何もしない訳にもいかないですしね」

 ルガートは照れ隠しをするように、顔を逸らしながらぶっきらぼうに答える。

「もう、せっかく隊長が天使のような顔で慰労してくれているのに、ルガートさんってば……」

「いやいや、天使のような顔なんてしてないですから……」

 ビスカーラの言葉を即時に否定すると、ラーソルバールは頬を膨らませる。その顔がまたビスカーラを刺激したのか、彼女は喜びながら「可愛い!」と言ってラーソルバールに抱き付いた。

 ラーソルバールはくっつくビスカーラを引きはがしながら、小隊の面々に微笑みかける。

「さあ、遅くなってしまったけど近くの食堂で夕食にしましょう。今日は、良い事が有ったので、私がおごりますよ!」

「やったーっ!」

 ビスカーラが歓喜の声を上げ、第十七小隊の面々は長い長い任務を互いに笑顔で終えたのだった。


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