(三)人それぞれの明日へ①
(三)
レンドバール王国第二王子リファールと、デラネトゥス公爵家二女のルベーセの婚約は国王の承認を得て内々に決定し、レンドバールの承認を条件に正式発表は半年後と定められた。
父であるデラネトゥス公爵と国王の承諾を得た瞬間、ルベーゼは嬉しさのあまり涙を流し、顔を手で覆った。エラゼルが後に「姉があのように嬉しそうに涙を流したのを見たのは初めてだった」とラーソルバールに語った程の喜び方だった。
十歳程度の頃に一度だけ出会ってそれきり。にも関わらず、ここまで貫き通す想いの強さは、当時から何か互いに通じるところが有ったのかもしれない。今ようやく繋がった二人の糸がそれぞれの国同士をどう結び付けていくのか。それはまだ誰にも分からない。
この場に居合わせたラーソルバールは、その何とも言えない甘く優しい雰囲気に、国王の御前という居心地の悪さを少しだけ忘れることができたのだった。
ラーソルバールはその後、デラネトゥス公爵から礼を述べられ「私の四人目の娘だ」とまで言われたのだが、喜んでいいのか分からない。身の置き場に困ったようにエラゼルに目で助けを求めたが、エラゼルは笑って見ていた。が、ふと何かを思い出したように、真顔でラーソルバールの顔を見る。
「生まれは私の方が遅いから、姉と呼ばなければいけないということ?」
と、本気とも冗談ともつかぬ言葉で周囲を笑わせた。
その後、間もなく国王とリファール、そしてデラネトゥス家の三人が晩餐会に戻ると、室内には三人が残された。
「いつまでも立たせていて済まなかった。そこに腰掛けてくれたまえ」
宰相メッサーハイト公爵は、穏やかな表情でラーソルバールに着席を促した。
素直に従うと、続いて軍務大臣であるナスターク侯爵が口を開く。
「メッサーハイト公爵と先程話したのですが……。今回の件で昇進を、とも思ったのですが、貴女は先だって昇進したばかり。しかもまだ新人の見習い期間中だけに、そうそう昇進させる訳にもいかない。……ということもあり、次にやってもらう任務が終わる時点がちょうど見習い期間明けになるので、その時に何もなければ正式に昇進という事になりました」
「……昇進はもちろん有難いですし、色々と気遣って頂いているようですが、私としてはそんなに階級を上げて頂かない方がやりやすいと言いますか……」
欲の無い答えにナスターク侯爵は思わず失笑する。
「想定内の回答ですな」
ナスターク侯爵の言葉に、メッサーハイト公爵は笑みを浮かべて無言で頷いた。
「失礼ですが、その……次の任務とは何ですか?」
ふと任務と言われたものの内容が気になり、ラーソルバールは少し身を乗り出すようにして尋ねた。
「ゼレッセン子爵は覚えていますよね?」
「ええ、シルネラの大使館でお会いしましたが……」
帝国に向かう最中に少しだけ面会した程度で、知っていると言える程ではない。
「彼が務めているシルネラ大使の任期が今月いっぱいで終了となります。代わりにファーラトス子爵が任につく予定になっていますので、両者の道中の護衛が任務となります」
「ファーラトス子爵……ですか?」
新大使の名を聞いて、ラーソルバールは驚いて聞き返した。その名は良く知っているし、面識もある。そう、シェラの父である。
「両者に面識がありそうなので、ちょうど良いかと思いましてね。子爵の娘さんの小隊も一緒に行く予定です。同じ大隊所属なのでそう問題は起きないと思いますが」
その言葉を聞いて、ラーソルバールの顔に笑みが浮かんだ。
任務だけにどこまで接点を持てるか分からないが、シェラと共に出かける事になる。嬉しくないはずが無いが、ひとつ気になる事がある。
「不勉強で申し訳ありません。ひとつお聞きしたいのですが、大使の任期というのはどの程度のものなのでしょうか?」
「大使というのは国と国とを繋ぐ大事な仕事です。最低でも三年程度は居て頂く事になりますが……。何か気になる点でも?」
メッサーハイト公爵はラーソルバールの問いに答えた後、逆に尋ねた。
「はい、そのファーラトス子爵の娘というのが私の友人でして……。彼女が少し寂しい思いをするのではないかと気になりまして……」
少し物憂げなラーソルバールの表情を見て、ナスターク侯爵が口を開く。
「ひとつ、良い事をお教えしましょう。一月官に昇進して中隊長となれば、副官を任命することができるんですよ。それは慣例的に少しばかり私情を挟んでも許される事になっています」
その言葉は、暗にこの機会に昇進するのだから、シェラを副官に任命しろというものだった。
確かに寂しさは紛れるかもしれないが、友人にも関わらず上司と部下になってうまくいくのだろうか。今のラーソルバールには判断できなかった。




