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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十九章 人と人

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(二)三姉妹③

 翌日。

 エラゼルは伝言を依頼していた通りに、修学院からの帰りにラーソルバールを訪ねた。

「いらっしゃい。今日はゆっくりしていくの?」

 笑顔で迎えられ、エラゼルは少し心が落ち着いた。

「できればゆっくりして行きたいが……」

「用がなければ、泊まっていけば?」

 思わぬ言葉にエラゼルの笑顔が弾けた。

「良いのか?」

「良いも何も、その鞄の大きさ……。教書だけじゃないでしょ?」

 着替えもしっかり準備をしてきているくせに。ラーソルバールは笑った。

「下着は無理だけど、夜着は私のでいいでしょ?」

「む……全部お見通しみたいではないか」

 エラゼルはそう言って屈託のない笑顔を浮かべた。


 修学院に通ううちに笑う機会がという減ったという自覚がある。それはエラゼルに問題がある訳ではない。

 修学院では階級社会の縮図がそこにあるという事をまざまざと見せつけられている。あの時のように、騎士学校の仲間が居てくれたならば、エラゼルは何度そう思ったか知れない。それが叶わずとも、せめてラーソルバールが居てくれたら、と。

 手を伸ばしても届かなかった安心感が、今は目の前にある。それは嬉しいような、悲しいような。

「宿敵だったはずなのに……か」

 ルベーゼに言われた言葉を思い出し、エラゼルはぼそりと小さな声でつぶやいた。

「ん、何か言った?」

 先を歩いていたラーソルバールが振り返る。

「いや……何でもない。……そういえば、ここ十年程度の大臣とその子息や令嬢の年齢と婚姻関係を調べて欲しいとレガードに伝言したそうだが、騎士団の仕事の関係か?」

「んー、騎士団の仕事とは違うんだけどね。ちょっとした個人的興味と……、国のため?」

「国のため? 何だ、婿取りでもするつもりか?」

 互いに王太子の婚約者候補という立場はまだ変わってはいない。それにラーソルバールにはアシェルタートという存在もある。分かっていて冗談を言ったに過ぎない。

「いやいや、そんなはずないでしょ」

 ラーソルバールは苦笑いした。


 ソファに腰掛けるなり、エラゼルは自らしたためた書類を鞄から取り出し、ラーソルバールに差し出す。

 その所作ひとつひとつに無駄がなく、優雅で美しい。真似したくても絶対に真似できるものではないと、ラーソルバールは何度思い知らされた事か。彼女でなかったら嫉妬していたかもしれないとさえ思う。


「有難う! さすがエラゼル、綺麗な字だねぇ」

 受け取った書類をすぐに広げ、ラーソルバールは感嘆するように言った。

 以前から文字の美しさも淑女のたしなみと言っていただけに、いつもと変わらぬ美しさがそこにある。

「大臣の交代はそう頻繁にあるものではないから、大した量ではなかったが……カレルロッサにで処分された家もひとつあって、そこだけは生死不明だ」

 照れ隠しするようにあえて素っ気なく返すと、少しだけ視線を逸らした。

「有難う。別に国家機密って訳でもないでしょう?」

「機密にするような物の訳がない。婿取り嫁取りの資料と然程さほど変わるものでもあるまい? 我が家で調べさせてらすぐに似たような書類が出てきたからな」

「そんなのがすぐ出て来るのは公爵家だけだよ。まあ、嫁取り資料と言われればそうか……」

 そう言いながら、ラーソルバールはパラパラと書類をめくって眺める。

「何やら意味ありげに……」

 エラゼルが言いかけたところで、エレノールが茶と菓子を持って現れた。

「カンフォールの最上級茶葉で淹れました。菓子は私の手製で申し訳ありませんが……」

「有難う、美味しそうです」

 エラゼルは嬉しそうに顔を綻ばせる。その横顔を見てエレノールは微笑みながら、持ってきた物を速やかに二人の前に並べ終える、ラーソルバールの後ろに控えるように立った。


「三分の一かぁ……でも間違いないと思うんだよなぁ……」

 ラーソルバールはそう言ってソファの背もたれに寄り掛かった。

「だから何を……」

 茶飲みかけた手を止め、エラゼルは尋ねる。

「いひひ……あとで教える。……ねえ、ルベーゼ様って、婚約者いらっしゃらなかったよね?」

 問いに答えたのか答えてないのか。

「うむ……今のところはな……。体があの通りだからな」

「じゃあ、今度のレンドバール第二王子の歓迎晩餐会には必ず出席してもらってね!」

 ラーソルバールは人差し指を立てて、珍しく茶目っ気たっぷりに笑って見せる。

「ん? 資料と晩餐会と姉上と……全く話の繋がりが見えないのだが?」

「それがね、一本に繋がるんだよ……」

 ああ、これは悪巧みをしている顔だ。エラゼルは思わず苦笑いするのだった。


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