(一)小隊の初任務③
帯同するレンドバール兵は鎧の着用こそ許可されたものの、武器は全てヴァストール側に預けられる事となった。武器はレンドバール大使館に着いた後、小剣のみ返却するというサンドワーズの指示に従い、門兵達が慌しく荷馬車に武器を積み込む。
目的地はレンドバール大使館。三年ほど前に関係悪化を理由に大使が召還され、大使館は現在無人となっており、ヴァストールの管理下において維持保存されていた。もともと要人の宿泊も想定して建てられているため、今回の使節団の使用に問題無しと判断されたのである。
王城の離宮に滞在して常時監視されるよりも、多少の警備が付くとは言え堅苦しさが無いというのも大使館が選ばれた一因だろう。
ヴァストールの騎士達はレンドバールの人員を囲むように配置され、間もなく馬車と騎馬の一団は移動を開始した。
別の隊により街の人々の誘導が行われており、無人となった道には馬車の車輪の音と、幾多の馬蹄音だけが響く。見慣れた景色でありながら普段と異なる雰囲気に、ラーソルバールはふと違う世界に迷い込んだかのような錯覚に陥った。
(明るいのに誰も居ない道というのは不思議なものだなぁ)
周囲を眺めていると、時折レンドバールの人々の視線が自分に向けられている事に気付く。とはいえ、大使館に到着するまではそうした事に気をとられている訳にもいかない。
(ああ、いけない。護衛に集中しないと……)
レンドバール兵の様子と、周囲に気を配りながら、気を抜けない状態は大使館到着まで続いた。
そして何事も無く到着すると、ラーソルバールは馬上で誰にも気付かれないよう、小さく吐息を漏らした。
下馬してから手綱をビスカーラに預けると、馬車から降りてくる人々の様子を伺う。
警護のため頭は下げることなく、視線は周囲と警護対象者に向けた。
馬車から現れたのは先程挨拶のために顔を見せた軍務大臣と、他に事務方と思われる者達が数名、そして最後に先程窓からちらりと姿が見えた第二王子と思しき人物。
端整な顔立ちと王族らしい独特の雰囲気。年の頃は二十歳前後だろうか。 一瞬だけラーソルバールと目が合ったような気がしたが、すぐにその視線は外された。
彼らが館内に入ると、ラーソルバールとボーガンディの二人の小隊長はサンドワーズに呼ばれ、応接室へと通された。
室内には軍務大臣のグロワルドと事務官が三名臨席し、警護兵が四名ほど壁際に居るのが見えた。
「グロワルド閣下、警護を担当いたします部隊の隊長でございます。私の右手に居りますのがボーガンディ三星官、右手がミルエルシ三星官にございます」
サンドワーズに紹介され、二人は無言で頭を下げる。
「おや、失礼だがお若い女性にも関わらず隊長とは……。ヴァストールには身分によって階級は与えられなかったと存じますが? ……いや、ミルエルシ殿といえば、先だっての戦の折に武勲を挙げたと聞き及ぶ方が、果たしてそのような名であったかと思うのだが、貴女は一族の方かな?」
大臣に尋ねられ、ラーソルバールはちらりとサンドワーズの顔を伺う。彼はそれに気付くと、黙って小さく頷いた。
「……いえ、本人でございます。そのような者が警護にあたるというのは、レンドバールの方々にしてみれば気分の良いものではないかと思いますが……」
恐縮したように、やや節目がちに答えたラーソルバールだったが、グロワルドが次に発した言葉に驚いた。
「いや、それこそナスターク侯らしい。候とは外交上何度も接してきたので人となりも分かっているつもりだ。貴女は誠実な人物だという事も、今の言葉で分かったし、候がわざわざそうした理由も含めて分かった気がした。貴女も思うところがあるだろうが、滞在期間中の警護よろしく頼みます」
敵愾心を剥き出しにしてもっと嫌な顔をされるものだと思っていただけに、大臣の言葉は意外だった。自分で良いのかと迷っていたラーソルバールは、心の中の重石が少し軽くなったのを感じた。




