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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第一部 : 第八章 心機一転

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(三)困った招待状③

「エレノールさんはどうしてここに?」

「陛下からの褒賞金を頂いたので、ミルエルシ家の分を持って参りました」

 エレノールの鼻息は少し荒い。

 気合いを入れてやってきたから、ではなく、ラーソルバールに会えた事が単純に嬉しいのかもしれない。

「これは受け取れないからお持ち帰りを、とお断りしていたところなんだ」

「伯爵様から『陛下のご意向だと思って受け取って欲しい』という伝言ですので」

 エレノールに引き下がる様子はない。

「そう言われると弱いですね……」

 父は引き下がり、渋々受け取る。

 ほっとしたような表情を浮かべると、エレノールはラーソルバールの顔を見た。


「どうされました? 何かありましたか」

 違和感に気付いたようで、首をかしげる。

「んー、ちょっと……」

「言いづらい事でしたら、私は外しますが……と言うより、用が済んだので帰りますが」

「ああ、エレノールさんが居てくれた方がいいです!」

 ラーソルバールは慌ててエレノールを引き留める。

 エレノールの肩を掴んで無理やり椅子に座らせると、自身は立ったまま鞄から封書を取り出した。

「父上、私こんな物を頂いちゃいまして……」

 そう言ながら招待状を差し出す。

 手に取って眺める父と、横から覗き込むエレノール。


「はぁっ?」

 二人が同時に大きな声を上げた。

 驚いて娘を見上げる父の手は、若干震えている。

「お前、デラネトゥス家の御令嬢と仲が良かったのか?」

「知ってるだけだよ、仲がいい訳じゃない……と思う」

「あそこの三女は真面目で気難しく、人付き合いをしない事で知られています」

 エレノールも困惑している様子だが、しっかりと持っている情報を挟んでくる辺りは流石である。

「当然、出席なさるんですよね?」

「いやいや、そこを悩んでいるんです。彼女は私の事を敵視……というか、凄く微妙な関係なんですよ……。それに向こうは公爵家だし、どうにかならないかと思ってまして」

 嘘偽りなく話すのは、エレノールを信頼しているからだ。彼女にならば、適切な助言を貰える気がしたからでもある。

「どうにか、とは?」

「出ないで済ませる方法……とか……」

 逃げ場なく言い淀むラーソルバールに向かって、エレノールはやや興奮気味に小さく鼻を鳴らす。

「会を催す以上、他の方々の目もあります。悪し様にするような相手を呼んだとあっては、公爵家の評判にも関わりますから。安心して出席なさるとよろしいです」

 二人の横で父はただ頷いているだけに見える。

 娘の自主性を尊重してくれているのは理解しているつもりだが、放任なのか放置なのか時々分からなくなる。とりあえず、ミルエルシ家としてどうすべきかは、示して欲しい。だが、そこは権力とは無縁の人。良い案など無いようだった。


「それで、お嬢様は贈答品を何になさいますか?」

 出席を前提とした質問に、ラーソルバールは半ば諦めた。

「考えて無かったんだけど、私は彼女から誕生祝いにスカーフを貰ったんです」

 鞄から美しい絹のスカーフを取り出し、二人を絶句させた。

 見事な染色と、斑の無い織り。安いものではない事は、すぐに分かる。

「……では、それに見合う物を探すという事で宜しいですか?」

「見合う物って言われても、そんなお金……」

何かを買うにしても、貰った物に見合う物など買える余裕は無い。ラーソルバールの顔が曇る。

「ここに有るじゃないか」

 父は受け取ったばかりの、褒賞金が入った袋をポンポンと叩いた。

 どの程度の金額が入っているか分からないが、恐らく目的の物を買っても余るに違い無い。


 エレノールはふんふんと頷くと、ラーソルバールの手を取った。

「さあ、探しに参りましょう」

「え、今から……? エレノールさん戻らなくてもいいの?」

 先程、帰ると言っていたはずだ。ラーソルバールは驚いて聞き返した。

「何の事です? お嬢様は今日は休日なのですよね」

 とぼけたように答えるエレノール。だが、ラーソルバールに逃げる隙などは与えない。

「え、あ、そうですけど……」

 彼女の勢いに押され、ラーソルバールは伯爵邸に居た時の事を思い出し、思わず笑ってしまった。


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