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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十七章 ヴァストール王国と英雄

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(二)渦巻く思惑③

「やれやれ、あの自己保身に満ちた男はどうにかなりませんかな。以前から行動を問題視されていましたが、ここまでとは……。あれは自分の地位を守るために何でもやるでしょうから、教会の権威を落とし神の信仰を阻害するものとして、ラーソルバール嬢を陥れようと画策するやもしれません」

 カンダルラ伯爵は呆れたように一度肩をすくめると、メッサーハイト公爵に向き直った。

「とはいえ、我々とて安易に教会に手を突っ込む事はできぬのだ……」

「ですが下手をすれば、此度の事で宰相閣下さえも陥れようとする可能性も有りますぞ」

 二人は同時にため息をつく。

 国としても教会と事を構えるのは避けたいところ。国家を問わず国境を跨いで活動する組織であり、最高神を崇める信者の数を思えば教会全体を敵に回せば国を揺るがすことにも繋がる。

 黙っていたダトーア伯爵は他人事ではないとばかりに身を乗り出した。

「国内にある膿はなるべく無くした方がよろしいでしょう。僭越ながら、特務庁として奴の動きを監視をするよう提案したいと思いますが、いかがでしょうか?」

「……おお、それは願っても無い。よろしく頼みます。陛下には私からお伝えしておきましょう。委任状は陛下の御許可を頂いた後でお渡しします」

 ダトーアの申し出を快く受けると、メッサーハイト公爵は腕を組み、大きくソファの背もたれに寄りかかった。


「彼女にはまだ、ああいう輩と戦えるだけの力が足りない……」

 ラーソルバールをおもんばかるようにつぶやく。

 正式に王太子の婚約者にしてしまえば外野も口出しできなくなるだろうが、選定の結論はまだ先だ。

「此度の戦果で男爵位を授ける事は決定したではありませんか」

 カンダルラ伯爵の言葉に頷いてみせたが、外部の力を跳ね除けるには男爵位ではまだ弱いと思っている。せめて伯爵位とは思うが、そこまで引き揚げては納得しない貴族も出てくるだろう。

 準男爵としてから短期間での陞爵しょうしゃく自体も快く思わない者も居るに違いなく、新たな敵を作っては意味が無い。

 父親の方の爵位を引き上げて庇護させるという手もあるが、王太子の師として働く以外はただの文官であり、陞爵に見合った功を挙げろというのは厳しい。

「難しいものだな……」

 メッサーハイト公爵は小さくつぶやくと、ため息をついた。



 そんな出来事があったとは知る由も無く、湯浴みを終えたラーソルバールはリビングのソファで天井を見上げていた。

 湯に浸かって、ようやく数日分の汚れを落とした気がした。それでも、戦場で付いた返り血はいくら洗っても落ちたように感じない。戦場での出来事は、今も精神的に重く圧し掛かっているようで、家に居てもどこか落ち着かない。

 濡れた髪を拭きながら呆けていると、来客があったらしく、エレノールが駆けていく足音が聞こえた。

 そして間もなく彼女の声が響いた。

「お嬢様、お客様ですよ!」

 普通の貴族の邸宅であれば、直接主人を呼びつけるなど有り得ない。人員不足と言ってしまえばそれまでだが、それはそれで気兼ねなくやっている証拠とも言える。

 それはともかく、服装は問題ないとはいえ湯浴みの後で髪は濡れたまま。それでもエレノールが呼んだという事は、このまま出て行っても構わない相手だと判断したという事だろう。

 気だるい時間を過ごしていたラーソルバールは、ゆっくりと腰を上げた。

「はいはい?」

 玄関まで出ると、そこに立っていたのは修学院の制服を着た友人。

「すまぬな、ゆっくりしているところを……」

 穏やかな笑みを湛え、来訪者は真っ直ぐにラーソルバールを見詰める。その笑顔を見て、ラーソルバールは鬱々としていた気持ちが晴れていくのを感じた。

「いらっしゃい、エラゼル。ごめんね、こんな格好で……」

「いや、突然押しかけた私が悪いのだから気にすることは無い」

 傍らに立つエレノールは二人のやりとりを見ながら優しく微笑む。相手が公爵家の娘と知っても表情一つ変えることはない。

「では、私はお茶とお菓子をご用意致しますので、どうぞお部屋へ」

 エレノールは頭を下げると、普段の快活さからは想像もできないような優雅な所作で、奥へと消えていった。

 黙ってその後ろ姿を視線で追っていたエラゼルを見て、ラーソルバールは首を傾げた。

「どうかした?」

「……使用人は彼女だけか?」

 思うところがあるというように、エラゼルは問いかける。

「うん、公爵様に紹介して頂いた二人は今は領地に居るから、家に居るのは実質彼女ひとり。それでも全然困らないけどね」

「ふむ……」

 何か思案するように、エラゼルは黙った。


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