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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十六章 ラーソルバールという存在

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(三)兜を脱いで②

 レンドバール軍本隊にいるボーダートは、既に戦闘状態に入っている二部隊の動きの鈍さに苛立ちを覚えていた。

「殿部隊などさっさと叩き潰してしまえば良いものを、砦に潜り込む隙を無くしてしまうではないか!」

 先駆けた二部隊が本隊の足の遅さを考慮せずに、功を急いだばかりに加勢しようにもまだ届かない。先に騎馬兵だけでも行かせるべきか。逡巡した時だった。

 先発部隊の伝令兵が慌てて本陣へ駆け戻ってきた。馬を下り、制止しようとする警護を振り切ろうとしながら、声を上げる。

「ボーダート大将軍に至急のご報告があります!」

 ボーダートは思索を邪魔されて眉をしかめるが、報告を聞かない訳にはいかない。

「その者を通せ」

 警護兵を抑止すると、伝令兵を招き寄せた。

 兵はボーダートの前までやって来ると、片膝をついて顔を上げる。

「たった今、モンセント将軍は戦死されたとの事!」

「……なに……誠か? 誰にやられた? 牙竜ランドルフか?」

 耳を疑うような言葉に、一瞬言葉が出てこなかった。敵の騎士団長が相手であれば、もしやという事もある。

「下士官と一騎打ちの末、壮絶な最後を遂げられたと目撃者は申しておりました。その直後に赤い女豹を見たとの情報もあります」

「下士官などと、冗談も程ほどに……。……そうだ、ディガーノンはどうした!」

「はっ、ディガーノン将軍は牙竜との激しい戦いのうちに落馬され、負傷したと……」

 ここに至って、戦局が思うままにならない理由がはっきりした。だがそれ以前に、この戦は既に敵の術中にあるのではないか? ボーダートは自問する。

 険しい顔をしたままのボーダートに、伝令兵はどう対応して良いやら分からず、身を縮めた。

「よく知らせてくれた、下がってよい」

 伝令兵の様子に気付くと、ボーダートは型どおりの言葉で、彼を下がらせた。


 このままでは、弄ばれただけではないか。

 自ら騎馬兵と共に最前線へ赴こうと、ボーダートは意を決した。行動に移そうと、手を振り上げ突撃の指示を出そうとした時だった。


「後方より火の手あり!」

 騒ぐ兵の声が聞こえた。

「なに?」

 慌てて後ろへ振り向いたボーダートは赤く燃え上がる炎と、立ち上がる黒い煙に目を奪われた。

「あれは、補給部隊……ではないか?」

 ひとり言のようにつぶやいた言葉に、副官の顔が青ざめる。

「補給部隊が展開している辺りで間違い有りません……」

 嵌められた! 屈辱がボーダートを襲う。歯をギリリと鳴らし、黒煙を睨む。

 我々はまんまと敵に誘引され、補給部隊との距離を作ってしまったという事か。前で将を失い、後ろでは補給物資を燃やされ失った。大失態としか言いようが無い。

 このまま何の戦果もなく、国へ帰っては良い笑いものだ。いや、笑いものになるだけならまだしも、国王陛下に合わせる顔が無いではないか。

 ただ負けるのを待つ訳にはいかない。逆転の一手はないか。

「食料はどれだけ持つ?」

 苦りきった表情を浮かべながら、副官の顔を見る。

「携行食糧は一日か二日。分けて食べれば三日か四日は……」

「近隣の村から調達できるか?」

「……いえ、開戦前に村が無人である事を確認した際、物資も全て持ち去られていたとの事でした。作物など食べられるものは僅かに残っておりましょうが、とても軍を支えきる程には……」

 嗚呼。ボーダートは天を仰ぎ、そして砦を睨んだ。

 誘引できないのであれば砦に篭らせた上で足止めし、その間に別働隊で本土の街などを占拠する予定だったが、その策も水泡に帰した。

 期待した離反者も無く、既に砦の門は閉じられ、高い防壁を相手にレンドバール軍は今や為す術はない。

「陛下にお会いするまで、この首をとっておこう」

 ボーダートがぼそりとつぶやいた言葉には、もはや気力のかけらも無かった。



 ジャハネートを見送ったラーソルバールは、完全に緊張の糸が切れたように地面に座り込んでしまった。

 抱きついていたビスカーラは、するりと腕から抜け落ちた身体を驚いて見詰める。

「……大丈夫ですか?」

「大丈夫……ちょっとあちこちが痛くて」

 モンセントの死による動揺を隠すように、作り笑顔でそれに答える。だが、実際に戦闘中に擦り傷や打撲をいくつも作っており、嘘は言っていない。

 ギリューネクには気付かれているのかも知れないが、きっと何も言わないだろう。

 彼はひとつ吐息をもらすと、門の方を見詰めながら僅かに微笑んだ。

 沈みゆく陽を背負って殿部隊がこちらへやって来る。歓声を上げて迎える者達に手を振りながら、誰もがその顔に勝利を確信した笑みを浮かべていた。

「お疲れ様でした……」

 ラーソルバールは誰に言うとなく、小さくつぶやいた。


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