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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十六章 ラーソルバールという存在

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(二)灰色の悪魔①

(二)


 鎧本来の金属の光沢を消すように塗られた灰色が陽光を反射する事無く、その存在感を誇示する。その黒く沈んだ灰色には、数多の返り血を浴びて赤黒く斑点出来ていた。彼にとってそれは遊びの痕か、はたまた勲章か。


 モンセントは主に帝国の戦争に援軍として派遣される事が多く、与えられた戦場で戦功を重ねてきた。『灰色の悪魔』とはラーソルバールが名付けたわけではなく、戦場で挙げた数多の功績に残忍な性格が相まって、近隣国から畏怖の対象としてその二つ名が付けられ、周囲に知れ渡るようになったのである。

 私生活に置いてもモンセントの残忍さは見え隠れし、失態を見せた使用人などを容赦なく切り捨てた事件もあって、個人的に敵対した者を無残に殺害したなどという噂まで出た程だ。

 そういった事情もあり、ディガーノンのように実直さと武人としての誇りを持ち合わせたような人物とは、相容れるはずもない。全軍を預かるボーダートは、今回はその個人的事情を知りながらモンセントを二番手に起用し、手柄を競わせるのに活用した訳である。


「灰色の悪魔と知ってもなお、逃げずに刃を向けるその心意気に応え、首を刎ねた後はその身体を誰にも触られぬよう、刻んでやろう!」

 恐怖を誘い威圧するかのような言葉だが、それに屈するほどラーソルバールの意志は弱くない。

 振り下ろされる剣を受け流しては、僅かな隙を突いてモンセントを斬りつける。だが、先程と同じように鎧と強靭な筋肉に阻まれ、有効打にならない。互いに馬上でなければ翻弄しつつ戦い、決定打を繰り出す事も可能なのだろうが、完璧に乗りこなせていない馬上では、現状の負けない戦いが精一杯だった。

 とはいえ、相手の強烈な剣をいなす度に、手には負荷が蓄積されていく。先程までの戦闘で受けた傷も痛む。長く持つとは思えなかった。

 脇に居るギリューネクも、ラーソルバールを守るように敵兵と剣を交えているが、下手をすれば二人共死ぬ。

(下手をすれば?)

 モンセントと剣を交えつつ、ラーソルバールは自問した。

 何を自惚れているのか。仮にも相手は『灰色の悪魔』と恐れられるような猛将。生きて剣を交えているだけでも不思議なくらいではないのか。それでも動揺している余裕などなく、今は一瞬の油断が命取りになる。

 視界の端に、展開して敵軍を押し留めている殿部隊が見えた。これ以上の敵軍は追って来ないだろうが、魔法の効果が効いているうちに引き揚げないと、大きな損失につながる。

 その殿部隊に時間的猶予が無い以上、この敵に関わっていては帰還できない。置いていかれるということは、それは死を意味する。


 死ぬ……?

 僅かに背筋に寒いものが走った。その直後。


「無事に帰って来い!」


 頭の中でエラゼルの声が響いた。

 そうだ、ここで死んだら彼女に何と言われるか。

 まだ死ねない。


「また会うのだろう?」


 アシェルタートが笑顔で優しく呼びかける。

 そうだ、争いを無くして、彼と再び会うのではなかったのか!

 また彼の手を握り、何気ない会話をして穏やかな日を過ごしたい。


 ……ここで終われるか!

 ラーソルバールは一気に勝負を決めようと、剣に魔力を流し込んだ。そして襲い掛かる剛剣を弾き、返す剣でモンセントの首筋に傷を刻む。

「ぬ、やるな! だが傷も戦士の勲章なり!」

 もう少し切っ先が届けば、頚動脈を切断していたに違いない。だが、その傷にさえも動じる事無く、モンセントの剣は唸りを上げてラーソルバールに襲い掛かる。ラーソルバールはそれに呼応するように、相手の剣の軌道に自らの剣を這わせた。

 ギリッ……

 鈍い手応えが返ってくる。受け流すつもりが、相手の力に押されて軌道を逸らしきれなかった。左手の固定盾バックラーを慌てて添えて、身体への直撃は避けたものの、その一撃はあまりにも強力だった。

 モンセントの剣は勢いよく振り下ろされ、ラーソルバールは乗っていた馬の首を切断されてしまった。

「しまっ……!」

 落馬は免れない。覚悟したが、この僅かな瞬間まだ馬上は安定していた。

 まだ一撃加えられる! そう判断したラーソルバールは、迷わず大きく振り下ろされたモンセントの腕を狙った。

 魔力を一杯に流し込んで振り下ろしたラーソルバールの渾身の一撃は、次の瞬間モンセントの右腕の肘から下を切り落としていた。


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