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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十六章 ラーソルバールという存在

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(一)命の価値②

 迫り来る剣が鎧をかすめる。僅かな衝撃と、耳に残る嫌な金属音。

 カレルロッサの時とは違う、訓練された兵士の剣。二人までは何とかなるが、三人となると凌いでいるので精一杯だった。

(ちょっとまずいかな……)

 立ちふさがる相手がラーソルバール一人だけに、乱戦時のように周囲を気にする必要が無い分、剣も鋭くなるのだろう。

 背後を取られないよう注意をしつつ、何とか一人を斬り倒したものの、すかさず次の相手がやってきて、その穴を埋める。

「ちっ!」

 舌打ちをしたのはギリューネク。

 ビスカーラはドゥーの馬に引き上げられたが、体勢を整えるにはもう少しだけ時間が要る。それまでは……。そう思っていた。だが、視界の端にあったラーソルバールの周囲に、敵が群がり始めたのに気付いた瞬間、体が動いていた。

「何で貴族の娘なんか助けてやらなきゃいけないんだよ!」

 騎士の矜持というやつだろうか。自嘲しながらも、ギリューネクは剣を構え敵兵に突っ込んだ。


「撤退は順調かい?」

「あとは我が第一大隊のみです!」

 次々に砦に戻る自軍の様子を見つつ、ジャハネートも敵を抑えつつ後退している。

 見える範囲では、うまくいっているのではないか。あとは殿部隊が敵を引きつけてくれれば、第八騎士団も撤退が完了する。

 第二騎士団もうまくいっているだろうか。そしてシジャードはうまくやっただろうか。右翼をちらりと見やると、土色の鎧を纏ったランドルフの巨体が視界に入った。

「何だい、楽しそうな相手とやってるじゃないか……。けどさ……」

 肝心な指揮官が危険な相手とやりあったままでは、殿の役目など果たせず撤退指示などおぼつかず、ましてや本人も動けないではないか。

「撤退指揮は任せたよ。ちょっとあの馬鹿の目を覚ましてくる!」

「あ、はい!」

 言うが早いか、ジャハネートは馬の腹を蹴り、激戦の続く殿部隊の只中へ駆け出した。

「邪魔する奴は叩き切るよ!」

 戦場を横断する赤い鎧にレンドバールの兵は一瞬足を止める。その目立つ色の鎧はレンドバール軍にとって、畏怖の対象となりつつあった。

 赤い女豹という二つ名はレンドバールでも知られている。妖艶な女性だが、一度剣を握れば、しなやかに動き強力な牙で相手を噛み砕く豹となるのだと。戦場で噂どおりに戦場を暴れ回る様を見せ付けられた者達は、恐怖を抱いた。

「馬鹿ランドルフ! 何やってるんだい!」

「手出しするな!」

 ランドルフはジャハネートの声に気付くと、視線を敵に向けたまま叫んだ。

「うるさい! アンタの仕事は何だい!」

 一騎打ちに横槍を入れるように、ジャハネートは思い切り剣を突き出した。

 ランドルフとの戦闘で一杯だったディガーノンはその剣を避けようと、身体を捻ったが、そこから変化した剣の軌道に対応しきれず、姿勢を崩して馬上から滑り落ちてしまった。

 激しい音を立てて背中から地面に叩きつけられたディガーノンは、一瞬だけだが呼吸困難に陥り、屈辱に塗れながら天を見た。

「悪いね、遊んでる場合じゃないんだよ……」

 敵将を一瞥いちべつすると、ジャハネートは第八騎士団の撤退を確認するように、左翼を見る。

「アンタが馬鹿やってたせいで、部隊の展開が遅いんだよ!」

「騎士道ってやつが……」

「うるさい! アンタの騎士道なんかより、部下の命の方が大事なんだよ! しくじったらどうするつもりだい!」

 正論を吐きながら怒鳴りつけるジャハネートの剣幕に押され、ランドルフは言い返す事が出来なかった。

 そんな中でも、二人は周囲の敵を蹴散らす事を忘れてはいない。

「ほら、右翼に取り残された……。って!」

 何かに気付いたジャハネートは慌てたように馬の腹を蹴り、手綱をしごいて駆け出した。

「何だ?」

「こっちはいい! アンタの仕事は味方を無事に撤退させる事だろ!」

 ジャハネートの背にただならぬものを感じ、ランドルフは言葉を収め自らの役割に徹しようと腹に力をこめた。

「右翼左翼ともに周囲を見ろ! 気合の入れ時だ、踏ん張って仲間を一人でも多く逃がせ!」

 地鳴りのような声が戦場に響いた。


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