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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十六章 ラーソルバールという存在

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(一)命の価値①

(一)


 砦から上がる狼煙。それは奇襲開始の合図。

 レンドバールの本隊は、補給部隊から遠く離れた。異変に気付いて戻るとしても、四半刻はかかる。後方を襲撃される可能性など考慮しなかったのだろう、レンドバールの補給物資の守備兵は千五百人程度が割り当てられただけ。対するシジャード指揮下の兵は精鋭二千。数で上回るヴァストール軍の勝利はほぼ確実と言って良かった。

 シジャードは砦から上がった狼煙を確認すると、一斉攻撃の合図を出す。呼応するように森に潜伏していたヴァストールの兵達は、敵の補給部隊目掛けて一斉に襲い掛かった。

 弓が放たれ、不意を突かれたレンドバールの兵達は次々と斃れていく。

「奇襲だ!」

 気付いて叫んだ時には既に遅かった。森から飛び出したヴァストール軍に対し、混乱したレンドバールの兵は抗う間も無く倒されていく。その光景を目にして勝負にならないと悟った者達は、武器を捨て次々と降伏を申し出た。

 攻撃開始からほんの僅かな時間で補給部隊は制圧され、三百名程の投降者を出し戦闘はヴァストール側の完勝に終わった。

 戦闘が終わった後、シジャードは物資の山を見ながらため息をついた。まるまると補給物資を手に入れたものの、さすがに三万程度の兵を養う程の量を持っては動けない。

「各自、移動に支障の無い程度を携行して、あとは焼却しろ! 炎が見えれば本隊は慌てて戻ってくるはずだ。急げ! 砦の兵に負担をかけるな!」

 シジャードの指示で慌しく戦後処理が行われ、投降者は補給物資にあった天幕用の縄で縛り上げられたうえで放置された。

 風向きを確認し、森に火の手が回らないことを確認すると、荷車には物資の中にあった酒や油をかけられ、火が放たれた。

 レンドバールの物資は赤々と燃えあがり、その煙はやがてレンドバールの本隊が知るとなる。


 時間は少し前に遡る。

 撤退しようとした瞬間に敵の攻撃により落馬したビスカーラは、受身こそ取ったものの地面で腰を強打しており、まともに動ける状態ではなかった。ドゥーの叫び声が聞こえたものの、意識がぼやけて応えることが出来ない。

 一つ分かっているのは、ここが戦場だということ。戦場で動けないということは、死を意味する。上半身を辛うじて起こしたものの、立ち上がれない。

 馬蹄音が地響きのように身体を伝う。そして視界の端に敵兵が映った。

 ああ、終わりだ……。ビスカーラは絶望し、目を閉じる。

 ビスカーラの馬を切りつけた兵が、己の獲物に止めを刺そうと剣を振りかぶった。


「ビスカーラさんっ!」

 ビスカーラの耳元で甲高い金属音が響いた。彼女を狙ったレンドバール兵の剣は、戻ってきたラーソルバールの剣によって阻まれていた。

「ヤァァッ!」

 気合を入れるかのような声をあげ、ラーソルバールは相手の剣を弾き飛ばすと、剣を突き出し敵兵の胸を貫く。レンドバール兵は想定外の出来事に驚いたような表情を残したまま、悲鳴を上げる間も無く泥人形のように馬上から崩れ落ちた。

「ドゥーさん、ビスカーラさんをお願いします! ここは私が盾になります!」

「……あ、ああ、分かった!」

 同じように駆け戻ってきたドゥーにビスカーラを託すと、ラーソルバールはレンドバール軍を睨みつけた。


 初めて、明確に殺意を持って自分の意思で人を殺した。ラーソルバールは動揺しそうになる自分の心を落ち着けるように、剣を握りなおす。

 先程までは自軍を守るために、敵を馬上から叩き落すように剣を振るっていた。必死だったので確かな事は言えないが、恐らく切り付け時点では命までは奪っていなかったのではないか。いや、馬上から落としてしまえば、その末路はほぼ間違いなく死。死因が落馬の衝撃か、馬に踏まれるか、歩兵に攻撃されるかの違いでしかない。

 それは自身が「殺さなかった」という自己満足や逃げに類するものではなかったか。

 自分は騎士だ。剣を握ったときから戦場で人を殺すことになるかも知れないと分かっていたはず。今がその時ではないか。

 味方の殿部隊が展開してきているものの、この場所を守るのにはまだ僅かに時間がかかる。周囲を見回したが、先程まで近くに居たシェラの姿はもう無い。うまく撤退したのだろうと、安心する。同時に、辺りに転がる死体に戦争の悲惨さを感じ、唇を噛んだ。


 ドゥーがギリューネクと協力してビスカーラを引き上げ、自らの馬に乗せようとして居る。そして視界には僅かに逃げ遅れた者達も映る。少しだけでも時間を稼がなくてはなくてはならない。

「ラーソルバールさん、無理をしないように!」

 ドゥーが声を掛けたときには、ラーソルバールは既に敵兵二人と剣を交えていた。

「早く……、早く行って下さい!」

 人を二人も乗せた馬はそれほど速く走れるとも思えないが、あとほんの少しだけ時間を稼げば良いはず。もう、振り返っている余裕は無かった。


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