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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十五章 出陣

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(四)初陣③

 剣と剣がぶつかり、激しい金属音が響く。

「相手を押し潰せ! 守りに入るな!」

 ランドルフが檄を飛ばす。

 彼が斧を振るうたびに、レンドバールの兵が血飛沫を散らし、断末魔の声を上げて崩れ落ちる。最早、レンドバールの兵もランドルフを避けるようになっていた。

 だが、ランドルフには気掛かりな事がひとつあった。第八騎士団との継ぎ目付近で、敵将ディガーノンが荒れ狂う嵐の如く暴れ回っており、自軍がなかり押し込まれているのが見えたからだ。

 敵将の強さは自らと同等と見たが、相手をしに行こうにもこの場を離れては士気に関わる。迷いが生じた瞬間、右手で敵軍を圧倒する場所が見えた。

「右手の連中に負けるなよ! 圧倒しろ! 押し返せ!」

 ラーソルバール達を出しに使って、自軍を鼓舞する。

「俺はあいつを止めてくる。ここは任せた!」

 副官にそう告げると、馬首を返してランドルフは敵兵を薙倒しながら、戦場の横断を始めた。

「そこの暴れ牛! 将と見た! このランドルフが相手をしよう!」

 戦場の喧騒をも飲み込むような咆哮を上げると、敵将目指して駆け寄り、手綱を離して斧をかざすと一気に振りぬいた。刹那、ガキッという激しい金属音が響き、強烈な斧の一撃はディガーノンの大剣によって受け止められていた。

「おう、牙竜将ランドルフか! 豪腕と名高き将と相見えるのは、まさに武人の喜び!」

 ギチギチという金属の擦れ合う音が耳に響く。ディガーノンが両手で支える大剣からは、戦斧の重い一撃で歪んだのではないかと思う程に、違和感ともいえるような嫌な感触が伝わってきている。

 このままではまずいと判断したディガーノンは力任せに斧を横に弾くと、その勢いのままに大剣を振るって薙ぎ払う。空気をねじ切るような音を立ててランドルフを襲った一撃は、戦斧の太い柄で受け止められ、腹に響くような低い金属音を奏でた。

「いい一撃だ!」

 好敵手に会った高揚感に己の血が沸き立つのを感じ、ランドルフは不敵に笑う。そのまま両者の強烈な応酬が十合以上続き、決着がつかないのではと思われたその時、砦の鐘が大きく三度響いた。

「全軍一気に押せ!」

 魔法で拡声されたジャハネートの檄が戦場に響く。

 ヴァストール軍後方から、レンドバール軍の後方へと弓矢の雨が降り注ぎ、攻撃魔法がレンドバール軍の頭上で弾ける。レンドバールに動揺が走った隙に、ヴァストールの騎士達は付与魔法を駆使して、最前列の味方を一気に強化し、瞬間的に相手を圧倒した。


 しかしその攻勢は長く続かなかった。いや、()()()()()()のだ。

 再び砦の鐘が大きく四度鳴り、狼煙のろしが上がった。撤退の合図である。

 最大限に魔法を駆使し、全力での攻勢が可能だったのは撤退を前提にした僅かな時間だけであったからで、持続してそれが出来る訳ではない。魔法部隊と、弓兵部隊は既に撤退を開始して砦に戻りつつあり、あとは歩兵、騎兵の順に撤退する事になっていた。

 ヴァストール軍があっという間に砦へと撤収を始めたが、レンドバールはそれを追撃するための体制が整っていない。瞬間の圧倒的な攻撃に押し負けたレンドバールは建て直しを図っており、ヴァストールの一瞬の転換についていけなかったのだ。

 作り上げた僅かな間に、最大限に魔法付与を施されたヴァストール殿しんがり部隊が、レンドバールの前に立ちふさがった。ランドルフが指揮する精鋭部隊である。それは撤退を図るヴァストールの兵達を安全に逃がすための盾。

 だが、予想外の事態があった。ランドルフがディガーノンを相手に、激しい一騎打ち状態となっていたからだ。その指揮系統の遅れが、撤退時の僅かな遅れに繋がった。

「第五中隊、撤退だ!」

 ヴェイスが叫んだ。上官の声に反応したギリューネクが呼応する。

「第十七小隊、退ける奴から退け!」

 歩兵だった一星官以下の者達は既に撤退しており、残っているのはギリューネクと、ドゥー、ビスカーラ、ラーソルバールの四人であった。

 四人は馬首を返し、砦へと向かって撤退を図る。だが、殿部隊が介入が僅かに遅れ、体勢を立て直したレンドバールに追撃を許す事になってしまった。

「きゃあ!」

 突如、ビスカーラが馬上から放り出された。

 馬首を返した隙を突かれ、彼女の乗っていた馬が切り付けられたのだった。地面に叩き付けられる瞬間に受身は取れたものの、ビスカーラは剣を手放し何度も回転するように地を滑った。

「ビスカーラ!」

 ドゥーの悲鳴にも似た声が、戦場に響いた。


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