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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十五章 出陣

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(四)初陣②

 戦場を南から土埃と強烈な血の臭いを含んだ強い風が吹き抜けた。

 ラーソルバールは剣を振るいつつ、はたと気付いた。その血の臭いは運ばれてきたものではなく、自分の鎧に付いた返り血か、それとも横たわる兵達が流す血ではないだろうか。戦いに集中していた事で、今まで気付かなかっただけなのではないか、と。

 気付いた途端に、その臭いにむせかえりそうになる。だが、剣を振る手を止める事は出来ない。


「厄介なあの女を潰せ!」

 悲鳴と怒号の中、怒りに満ちた声が一際大きくレンドバール軍の中から響く。形勢がやや不利になったと見たのだろう。

 元々地力ではヴァストールが上なのは間違いない。第八騎士団は相手の攻撃を跳ね除けているが、第二騎士団は実戦経験の無い物が多いという事を露呈するかの様に、今までレンドバールの勢いのままに押し込まれていた。だが、ここにきて急激に盛り返しつつあったのだ。

 ヴァストール軍が敵軍を押し返している原因が、ラーソルバールではないかと気付いたのだろう。


 乱戦になりつつある状況を生かして、敵の騎兵二人がラーソルバールに襲い掛かる。

 馬が自由に動きまわれる空間的余裕も無く、左右から繰り出された攻撃を、ラーソルバールは咄嗟に剣と左腕の固定盾バックラーで捌く。そのまま右手首を捻って相手の剣を跳ね上げると、敵兵の胴を抉るように斬って落馬させた。

 手綱を掴んだままの左手は盾で受け流したのみだったが、敵兵は剣の勢いを殺しきれずに平衡バランスを崩し、馬を制御できずに上体を揺らして落馬し掛けてしまう。その隙を見逃さず、脇に居たドゥーが首を切り落とし敵兵を絶命させた。

 それでも敵兵は次々と押し寄せる。

 前から突き出される剣を払い、横から切りつけられる剣を受け流す。ラーソルバールを標的に兵が押し寄せようとするが、ヴァストール側もそれを許さない。

「彼女を守れ!」

「敵兵を分散させろ!」

 次々に指示が飛ぶとともに、ラーソルバールの脇には屈強な騎士が二人、援護に入る。そして敵兵を押し返すように強引に前に出た。

「ジャストーア一月官だ。エイルディアの聖女さんよ、援護するぜ!」

「同じくバランディア一月官だ。ここでお前さんを失うと士気が下がりそうなんでな」

 まさかの中隊長クラスふたりの援護に戸惑いを覚えたものの、手を止めている余裕は無い。

「私などの為に、お手を煩わせる訳には……自分でなんとかできます!」

「いやいや、好きでやってることだ、気にするな!」

 右手から突き出された槍を捌きつつ、ジャストーアが豪快に笑う。

「オゥ、そうだぞ! ここを盛り返すににゃ、アンタは大事な存在だ。悪いがちょっくら皆のために働いてもらうぜ」

 バランディアが寄って来た兵を二人纏めて斬り捨てると、ラーソルバールの馬の脇に寄せた。

「御期待に応えられるよう、ここは生き残ります!」

 ラーソルバールも剣を閃かせ、敵騎兵を立て続けに二人斬り伏せる。

「いい返事だ! そして、良い腕だ!」

 感心したように言うと、バランディアは愉快そうに笑った。


 カラール砦の防壁から戦況を見下ろしていたナイアードは、レンドバールの動きに不満を隠せなかった。

「本隊の動きが遅いな。二つの部隊は騎馬隊で距離を詰めるのは早かったが、後ろが歩兵に合わせて動いて居やがる。現状、戦力的にはウチが一万、相手が八千ってトコだから心配はないが、長引かせるのも困るな……」

 手持ち無沙汰そうに顎ひげをさすりながら、ひとりごちる。

 一時期危うく見えた右翼も何とか持ちこたえている様に見える。

 不安ではないが、ナイアードは苛立ちながら部下の顔をちらりと見る。

 軍務省の伝令によりもたらされた情報で、逃亡貴族との繋がりがあり離反の可能性が高い者達は、とりあえず牢に入れた。だがそれが全てとは言えず、いつどの局面で反旗を翻すか分からない。早々に事態が展開して行動を起こす隙を与えない程度で推移して欲しいところだった。

「もう少しで敵本隊がラインに到達します!」

 物見が声を上げ、砦の兵達にも緊張が走る。

「長距離魔法部隊、所定の位置へ!」

「強弩準備始め!」

 次々に伝達され、防壁は慌しさを増す。

「いよいよか……シジャード、うまくやってくれよ……」

 ナイアードは自らの汗ばんだ手で、自身の緊張を知った。


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