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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十五章 出陣

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(三)戦端③

 第二、第八の二つの騎士団の合計一万が出撃し、敵軍をひきつける囮になる。大掛かりな陽動戦に、出撃を待つ砦の兵達にも緊張が感じられる。

 第二騎士団に所属するラーソルバールも例外ではなく、第十七小隊として出撃が決まっているが、どうにも身の置き所が無いような気がして落ち着かない。

 隣に座るビスカーラを見やると、その顔色は悪く手足が震えているのが分かる。ここ数年、カレルロッサ動乱を除いては、ヴァストールでは大きな戦は発生していない。ビスカーラだけでなく、騎士団の多くの若手が戦争を経験していないのだ。

 訓練を積んできたとはいえ、命のやり取りをする実戦が始めてであるだけに、精神的な負担は計り知れない。


「さて、我々も出撃だ」

 戦斧を担ぎ上げ、ランドルフが短く言い放つ。

 団長の様子を見ていた騎士達もそれに続こうとするが、表情は一様に冴えない。その雰囲気を感じたランドルフは苦笑いして頭を掻いた。

「おいおい、情け無い顔をするな。第八の連中に笑われるぞ。少しは新人に良い所を見せてやれ。気合が入らないようなら、俺の斧の側面で尻をぶっ叩いてやるから名乗り出ろ!」

 ランドルフは部下達を見回して、冗談にも似た檄を飛ばす。

 引き合いに出された第八騎士団は、昨年のカレルロッサ動乱鎮圧で戦闘を行っているため、新人と二年目を除けば第二騎士団のように浮き足立っては居ない。

 不器用ながら部下の士気を上げようとする団長の姿に、ラーソルバールは堪えきれずに失笑してしまった。同じように笑う声が各所から漏れると、その声が次々と周囲に笑い声を生み出し、やがて第二騎士団は笑顔で溢れた。

「作戦通り、第八が先に出て左翼に展開したら、ウチは右翼だ。そして、一戦した後、砦からの鐘の音で撤退だ! いいな!」

「応!!」

 割れんばかりの声と共に、天に突き上げられた剣が陽光を孕んで銀色に輝き、幾重もの光の筋を生み出す。遮音帯をつけた馬達は、その声に動じる事無く主の合図を待つ。

 一星官以上の者達全員が騎乗したのを確認すると、ランドルフを先頭に次々に広場から砦の門を潜り、敵軍の待つ外へと出て行く。やがて戦場となるであろう平原が人と馬で埋め尽くされていき、少なからぬ土埃が周囲の色を染め上げる。

(ああ、あれがレンドバール軍か)

 ラーソルバールの目にも、遠くに展開する敵軍の姿が見えた。だが、それはまだ人の形には見えず、これから戦争なのだという実感が沸かない。

石弓クロスボウ隊、前へ!」

「魔法院、付与術師隊は補助陣形!」

「攻撃魔法部隊は盾の影へ!」

 次々と指示が飛び、緊迫の度合いが上がる。

「救護院、支援術部隊は所定の位置に!」

「長槍隊は迎撃の構え!」

 初めて感じる戦場の空気、精神的圧迫感に、ラーソルバールも押し潰されそうになる。手綱を掴む手にじっとりと汗が滲み、革の手袋に染みて不快感が増す。

「敵軍、一部突出し、我が軍との距離を縮めてきます」

 敵軍から舞い上がる土埃がその動きを示しているが、肉眼でその距離が詰まっているのかは分かりにくい。

「まだだ! まだ動くんじゃないよ!」

 左翼からジャハネートの声が響いてきた。聞き慣れた声であるはずなのに、その怒号にも似た台詞と、肌を刺すようなひりひりとした感覚が、いつもと違うのだと警告している。

「敵軍、約一レリュースのライン突破します!」

「付与術師隊、石弓隊への射程距離支援術式!」

「長距離魔法部隊、術式展開! 敵軍の先端を狙え!」

 次々と空中に魔法陣のような光り輝く印が描かれ、強力な魔力が込められていく。

「敵、五百エニストの距離!」

「攻撃魔法、放て!」

 掛け声と共に、色とりどりの鮮やかな魔法が前方に放たれる。美しく見える光景も、人の命を奪う為の刹那の幻。次々と咲く鮮やかな花のような光が、敵軍の中で輝く度に弾け、人や馬が宙を舞う。

 これは幻影ではない、現実の戦闘だ。ラーソルバールは自分に言い聞かせ、崩れそうになる自我を固定するために、手綱を強く握る。だが、その目は決して眼前の光景から逸らさない。

「長距離魔法部隊撤退!」

「石弓隊、三正射の後、速やかに砦に撤退!」

 通常の石弓では届かないような距離まで矢が放たれ、次々に敵兵を捕らえる。それでもレンドバール軍の勢いは止まらない。魔法や弓で斃れる者達が予め織り込み済みであったかのように、騎兵達は槍を、剣を構えてヴァストール軍に突撃する。


 そして四月三十三日午後。遂に、人間同士が武器を手に激突した。


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