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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十四章 背負う責任

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(四)第一報②

 ギリューネクのラーソルバールに対する態度は、二日目以降も変わる事はなかった。

 まともに相手をすることを避けているというのが、傍から見て分かる程だったが、ビスカーラやドゥーら小隊員は、上司に意見することも出来ない。二人のやりとりを冷や冷やしながら見守るしかなかった。

 当面の必要事項はビスカーラやドゥーが教える事で問題は発生しないものの、どうにかしなければ、という思いを抱え始めていた。


 配属から十日が経過し、恒例になりつつある居残り訓練を終えて、帰宅しようと騎士団本部の門を抜けた時だった。

「おや、ラーソルバールじゃないか」

 聞き覚えのある声にラーソルバールは足を止めて振り返った。

「あ、ジャハネート様、お久し振りです!」

 嬉しさを表情に出しつつ、頭を下げる。

「ジャハネート様も今お帰りなのですか?」

 そう問いかけた時、ジャハネートの後ろに数人の騎士が居るのに気付いた。恐らく彼女の部下達なのだろう。であれば、長話をするのは避けた方が良いだろうか。ラーソルバールは考えた。

「ああ、ちょいと遅くなっちまったが……。アンタはこんな時間まで何してたんだい?」

「少々居残りで訓練を……」

 言葉を濁し、その理由は伝えない。告げ口だとかで物議をかもすことになって、ギリューネクに文句を言われるのは避けたかった。

「まだ強くなるつもりかい?」

「いえ、少しでも皆で生き残る確率を上げたくて……」

「ああ、そういう事か……」

 納得したようにつぶやくと、ジャハネートは後ろに振り向いた。

「アンタ達、先に行ってておくれ、アタシはこの娘と少々話が有る」

 騎士達は、ジャハネートの言葉に素直にうなずくと、歩いて行ってしまった。

「さて、ちょっと話したかったんだが……レンドバールの件、そろそろ動きそうだよ」

 周囲に誰もいなくなったところで、ジャハネートは手招きしつつ、門柱の側へと移動する。

「……レンドバールは勝算が有ると思っているから、仕掛けてくる訳ですよね?」

「軍事力からいったら、うちが負けるはずが無いんだがね……」

 やれやれと言ったように肩をすくめると、ジャハネートは門柱に寄りかかった。そして思案顔をしているラーソルバールを見つめる。

「どうかしたかい?」

「何か見落としている事があるような気がして……」

「……見落とし?」

 ジャハネートは腕を組み、眉をしかめた。確かに、ラーソルバールの言うように、ただ無謀に勝算の無い戦争を仕掛けてくるとも思えない。

「カレルロッサ……」

「え?」

 何かを思いついたようにラーソルバールがつぶやいた言葉が想定外だったのか、ジャハネートは驚いたように聞き返した。

「カレルロッサで逃亡した貴族がレンドバールに逃げ込んでいる可能性、それは考慮していましたが……」

「我が国の土地に詳しい人間が有利に戦えるよう、戦場を……。いや、奴らにそんな頭が有るなら、カレルロッサではもっと苦戦したはずだ」

「いえ……そうではありません。主導するのはあくまでもレンドバールの人間。その内容は、逃げ込んだ貴族の有効活用です。……下手に自軍内で疑心暗鬼になるのも避けたい所ですが、まず考えられるのは、彼らが国内に残してきた人脈を生かして内通、内応者を作ること。そして重要な局面において、離反者を出させれば……」

 防衛すべき砦に招き入れる。戦場で背後から寝返って挟撃させる。混乱するような情報を流す。いくらでもやりようがあるではないか。

 導き出されたラーソルバールの想定に、ジャハネートは背筋が寒くなるのを感じた。

「そりゃあまずいねぇ……。既に動いていてくれればいいが、今からだと対応が間に合うかどうか」

「あくまでも可能性の話です……」

 レンドバールに逃げ込んだと思われる人物の情報と、そしてそれに連なる人脈の洗い出し。開戦までの時間がない状況で、どこまでできるか。

 組んでいた腕を解くと、意を決したように拳を握り締めた。

「それでも手を打たなきゃ駄目だ! アタシはこのまま軍務省に行く。ラーソルバールは部下達に『ちょっと遅れる』と伝言を頼めるかい? 連中はこの先の『鳥の脚』って店に居るはずさ……」

「はい」

 返事を待たずに馬小屋に走るジャハネートの姿を見ながら、ラーソルバールは苦笑いした。引き受けたは良いが「ちょっと遅れる」くらいで済むのだろうか、と。


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