(四)第一報②
ギリューネクのラーソルバールに対する態度は、二日目以降も変わる事はなかった。
まともに相手をすることを避けているというのが、傍から見て分かる程だったが、ビスカーラやドゥーら小隊員は、上司に意見することも出来ない。二人のやりとりを冷や冷やしながら見守るしかなかった。
当面の必要事項はビスカーラやドゥーが教える事で問題は発生しないものの、どうにかしなければ、という思いを抱え始めていた。
配属から十日が経過し、恒例になりつつある居残り訓練を終えて、帰宅しようと騎士団本部の門を抜けた時だった。
「おや、ラーソルバールじゃないか」
聞き覚えのある声にラーソルバールは足を止めて振り返った。
「あ、ジャハネート様、お久し振りです!」
嬉しさを表情に出しつつ、頭を下げる。
「ジャハネート様も今お帰りなのですか?」
そう問いかけた時、ジャハネートの後ろに数人の騎士が居るのに気付いた。恐らく彼女の部下達なのだろう。であれば、長話をするのは避けた方が良いだろうか。ラーソルバールは考えた。
「ああ、ちょいと遅くなっちまったが……。アンタはこんな時間まで何してたんだい?」
「少々居残りで訓練を……」
言葉を濁し、その理由は伝えない。告げ口だとかで物議をかもすことになって、ギリューネクに文句を言われるのは避けたかった。
「まだ強くなるつもりかい?」
「いえ、少しでも皆で生き残る確率を上げたくて……」
「ああ、そういう事か……」
納得したようにつぶやくと、ジャハネートは後ろに振り向いた。
「アンタ達、先に行ってておくれ、アタシはこの娘と少々話が有る」
騎士達は、ジャハネートの言葉に素直にうなずくと、歩いて行ってしまった。
「さて、ちょっと話したかったんだが……レンドバールの件、そろそろ動きそうだよ」
周囲に誰もいなくなったところで、ジャハネートは手招きしつつ、門柱の側へと移動する。
「……レンドバールは勝算が有ると思っているから、仕掛けてくる訳ですよね?」
「軍事力からいったら、うちが負けるはずが無いんだがね……」
やれやれと言ったように肩をすくめると、ジャハネートは門柱に寄りかかった。そして思案顔をしているラーソルバールを見つめる。
「どうかしたかい?」
「何か見落としている事があるような気がして……」
「……見落とし?」
ジャハネートは腕を組み、眉をしかめた。確かに、ラーソルバールの言うように、ただ無謀に勝算の無い戦争を仕掛けてくるとも思えない。
「カレルロッサ……」
「え?」
何かを思いついたようにラーソルバールがつぶやいた言葉が想定外だったのか、ジャハネートは驚いたように聞き返した。
「カレルロッサで逃亡した貴族がレンドバールに逃げ込んでいる可能性、それは考慮していましたが……」
「我が国の土地に詳しい人間が有利に戦えるよう、戦場を……。いや、奴らにそんな頭が有るなら、カレルロッサではもっと苦戦したはずだ」
「いえ……そうではありません。主導するのはあくまでもレンドバールの人間。その内容は、逃げ込んだ貴族の有効活用です。……下手に自軍内で疑心暗鬼になるのも避けたい所ですが、まず考えられるのは、彼らが国内に残してきた人脈を生かして内通、内応者を作ること。そして重要な局面において、離反者を出させれば……」
防衛すべき砦に招き入れる。戦場で背後から寝返って挟撃させる。混乱するような情報を流す。いくらでもやりようがあるではないか。
導き出されたラーソルバールの想定に、ジャハネートは背筋が寒くなるのを感じた。
「そりゃあまずいねぇ……。既に動いていてくれればいいが、今からだと対応が間に合うかどうか」
「あくまでも可能性の話です……」
レンドバールに逃げ込んだと思われる人物の情報と、そしてそれに連なる人脈の洗い出し。開戦までの時間がない状況で、どこまでできるか。
組んでいた腕を解くと、意を決したように拳を握り締めた。
「それでも手を打たなきゃ駄目だ! アタシはこのまま軍務省に行く。ラーソルバールは部下達に『ちょっと遅れる』と伝言を頼めるかい? 連中はこの先の『鳥の脚』って店に居るはずさ……」
「はい」
返事を待たずに馬小屋に走るジャハネートの姿を見ながら、ラーソルバールは苦笑いした。引き受けたは良いが「ちょっと遅れる」くらいで済むのだろうか、と。




