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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十四章 背負う責任

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(三)軋轢①

(三)


 小隊の訓練では、女性同士という事も有ってビスカーラと組んでの訓練となった。

 彼女は騎士学校出身で三年目、十八歳で一番年が若いらしい。ラーソルバールにとっても一番年齢も近く、接しやすいと思っていたのだが……。

 ビスカーラはお世辞にも良いとは言えない剣の腕で、ともすれば騎士学校の生徒かと思う程だった。

 どうにかしたいと思うが、階級が上とは言え後輩があれやこれやと指導する訳にもいかない。隊長であるギリューネクに何とかしてもらえないかと視線を送るのだが、完全に無視されている。その態度を見るに、彼に嫌われているのは間違いない。

 だが、実際に戦争が間近に迫っているという状況だけに、部隊として生き残る確率を上げなければいけない。そのためには、顔色を伺っているばかりでは駄目なのだ。


「ギリューネク隊長、我々二人にご指導願います」

 意を決して声を掛ける。

「あん? 下手糞は教えたってそれ以上、上手くならねぇだろ」

「それでも、戦争で生き残る確率を上げる為には……」

「新人のくせに生意気言うんじゃねえ! この安定した状況で、何処と戦争するって言うんだ?」

 何を言っているんだ、この人は。騎士として非常時に備えるのは当然ではないのか。カレルロッサ動乱も有ったし、レンドバールの動きも怪しいというのに!

 ラーソルバールは怒りのあまり、思わずリューネクを睨みつけてしまった。

「何だ、その反抗的な態度は!」

 激高したギリューネクは、ラーソルバールの頬を平手で殴った。

 殴られた勢いで半歩下がる。避けようと思えば避けられた。だが、避けてしまえば上官を侮辱したとして、余計に面倒な事になるだろう。大人しく殴られるしかなかった。

「ここは貴族だろうが階級が全てだ。他の奴はどうか知らんが、少なくとも俺の下に居るときはそうだと覚えて置け! 大した腕も無いくせに、二星官になって勘違いでもしたか?」

 周囲がざわめくのを意に介さず罵倒すると、怒りが収まらないと言わんばかりに剣を地面に突き立てた。

「申し訳ありません、出すぎた事を申し上げました……」

 上官に逆らうわけにもいかず、頭を下げて謝罪する。口の中が切れたのだろう、血の鉄臭さが鼻に抜けた。

「ああ! 何だってこんな奴を俺の下に……」

 ギリューネクは苛立ちを隠しきれない様子だったが、周囲からの刺さるような視線に気付くと、剣を引き抜き平静を装う。

「不満が有るなら、自分達で何とかしやがれ!」

 投げやりに言い放つと、剣に着いた泥を払い、もう一人の一星官であるドゥーとの訓練を再開してしまった。


 ギリューネクの意識が訓練に向いたところで、ビスカーラは歩み寄ると、ラーソルバールの頬に手を当て、無詠唱で癒しの魔法を発動させた。

「ごめんなさい、私が弱いばかりに気を使ってくれたんだよね……」

 ビスカーラは頬に手を当てたまま、申し訳なさそうに小声で謝る。

「いえ、私の方こそ余計な事を……」

 謝罪のために頭を下げようと思ったが、ラーソルバールは自制した。ここで、新人とは言え、階級が上の自分が頭を下げたら、ギリューネクにまた何を言われるか分からない。

「さっきから、私が足を引っ張っているのは分かってた。貴女の剣の腕は確かなのは剣を交えてて良く分かったわ。だから、良かったら私に剣を教えて欲しいの」

「私も教えるのは得意ではないのですが……。でも、そんな事を言っている場合では無いですね」

「……え?」

 ラーソルバールの意図するところが分からず、ビスカーラは言葉を飲み込んだ。


 レンドバールの動向については、騎士団でも上層部しか知らないという事なのだろうか。それであればギリューネクの言動も、ビスカーラの安穏とした態度もうなずける。

 だが、目の前の人間が死なないようにする為には、今はやるべきことをやるだけだ。

 剣を握ると、ビスカーラとの訓練を再開した。


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