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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十四章 背負う責任

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(一)初出仕②

 シャスティは自分の耳を疑った。

 ジャハネートが誰かを過大評価する事は皆無と言って良い。思ったままを口にしているのだろうが、片腕と言うのはいささか行き過ぎではないだろうかと思えた。

「団長がそこまで仰るなんて珍しい」

「アンタにも言った事あったろ? 恐ろしく剣の腕が立つ娘がいるって」

「ああ、ラー……ソルバール……? とかいう娘ですよね……、今年卒業だったんですね。ウチの人事も欲しがってたんでしたっけ?」

 ジャハネートはシャスティの持ってきた茶をようやく口に運んだ。机には先程の衝撃で少しこぼれたシミがある。

「人事だけじゃないよ、アタシが欲しかったんだ。……ああ、シャスティはブルテイラの時、王都居残りだったから知らないか……」

 ジャハネートはようやく落ち着いたように口調を緩めた。そんな団長の様子を見計らって、シャスティは恐る恐る尋ねた。

「普段から配属、転属で団長がそこまで熱くなられることはないのに、新卒というのがどうにも……。そんなに将来性豊かなんですか?」

「見たら分かるさ。ありゃあ、別格だよ。将来どころか今の時点でも、ウチの団であの娘に勝てるヤツは一人も居ないんじゃないかね」

 そう言うとジャハネートは大きくため息をついた。

「またまた……ご冗談を……」

 表情を掴みかねて、シャスティは語尾を濁した。ジャハネートはシャスティに視線をやる。

「アンタ、得意の剣でランドルフの剣に勝てるかい?」

「いえ、無理です!」

 シャスティは即答し、苦笑した。斧が主武器のランドルフだが、剣の腕も一流だということは知っている。剣には自信があるつもりだが、模擬戦を見る限りどうにも勝てる気はしない。

「あの娘は、入学試験で互角にやりあったんだよ」

「え……?」

 冗談を言っている顔ではない。噂では凄いのが入学試験で、対戦相手に騎士団長を引っ張り出したことがあった《《らしい》》とは聞いていた。

 騎士団の体裁もあるのか、真偽が定かでなく、あくまでも噂の域を出ないものと思っていた。

「アタシゃその場に居たからね。ランドルフに本気を出させてやり合ったんだから間違いない……というか、そこから二年の間に何度も見たが、見るたびに強くなってて呆れたよ」

「でも、あくまでも模擬戦ですよね。実戦で使えるかどうかは別物じゃないですか?」

 命のやり取りが無い場所では力を出せても、いざ実戦となると全く使い物にならないという実例を何度も見てきた。その娘がそうではないとは言えない。

「去年の騎士学校の卒業式に、動乱の前哨でテロ騒動が有ったのは覚えてるだろ?」

「はあ、団長も来賓で出席されてて大変だったと……」

「生徒達もその鎮圧に加わっててね、正直あの娘が居なかったら宰相も軍務大臣もかなり危険だったんだよ。それだけに宰相や大臣、軍務省の受けも抜群にいい。その功であの娘は準男爵になったんだよ」

 どうにも笑うしかないような話だが、実話らしい。ようやく団長のご機嫌が斜めな理由が良く分かった。

「そりゃあ、どこも欲しがりますね」

 ジャハネートはシャスティをちらりと見ると、溜め息をついた。

「七団の競合なんて聞いたこと無いよ。ハナから諦めてた団が参加しなかっただけで、現場はかつてない様相だったよ。団長が皆、戦場さながらの表情でクジ引いてる姿を想像してごらんよ。そりゃもう、緊迫感漂う恐ろしい雰囲気でさ……、どんな喜劇かと思うだろ?」

 ジャハネートはケラケラと笑った。機嫌が直った訳ではないのだろうが、怒りのようなものは感じない。

 確かにそんな現場には居合わせたくない。恐怖を通り越して、笑うしかないだろうと思う。若干怖いもの見たさもあるが……と考えたところで、シャスティは背中に寒いものが走った。先程の団長の姿が脳裏を横切り、一瞬でそんな気の迷いも消え去った。

「それに二番目に狙ってたエラゼル……デラネトゥスの娘は騎士にならないときたもんだ。本当にがっかりだよ……」

 珍しく気落ちした様子に、何と声をかけたら良いのか分からない。

「では、転属の機会を狙えばよろしいかと……」

 シャスティはそう提案するのが精一杯だった。

 きっと当たりを引いた所以外は、今どこも同じような状態なのだろう、そう思うと何だか少々やるせない気持ちになった。


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