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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第三部 : 第三十四章 背負う責任

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(一)初出仕①

(一)


 大陸暦八七八年四月一日。ラーソルバールが騎士として初出仕する日である。

 青く澄んだ空が、その門出を祝うかのようでもあった。

 普段から寝起きの悪いラーソルバール。侍女としてエレノールがやってきてからは、ほぼ毎日のように彼女に起こされていたのだが、この日ばかりは逸る気持ちのせいか、早い時間にひとりで目覚めることができた。

 顔を洗ってから部屋に戻り、真新しい騎士団の制服を洋服棚から取り出し手にすると、思わず頬が緩む。

 騎士団の制服は事前に送られてきていたのだが、ラーソルバールは着丈の確認だけを済ませると、初出仕の際に袖を通すのだと決めて洋服棚に仕舞い込んでいた。そして予定通りこの日の朝に初めて制服を身に着けたのだが、嬉しさのあまり鏡の前でにやけているところをエレノールに目撃され、大いに笑われてしまった。


 軽く化粧を施してから邸宅を出ると、軍務省から事前通達のあった通り、騎士団本部へと向かう。

 初めての通勤に、見慣れたはずの街の様子さえもが新鮮に感じられた。

 騎士団本部前に到着すると、門衛に身分証を提示しつつ略式の敬礼をしてから正門を抜ける。制服を着用しているため怪しまれる可能性は低いとはいえ、新人はさすがに素通りできる訳がなかった。

 門の内側、騎士団本部はラーソルバールにとって、初めて足を踏み入れる憧れの場所だけに、今までで一番緊張していると言っても過言では無い。緊張のあまり足が地に着かないような状態で、傍から見れば頼りなげに見える事だろう。

 騎士団本部の敷地内は時折、心地よい風が吹き抜けていき、前日に切り揃えたばかりの前髪を揺らす。後ろ髪は縛って纏めているとはいえ、学生時代に伸ばしてかなり長くなっており、歩くたびに空気を孕んでふわりと踊る。

 すれ違う先輩騎士たちが時折振り返るのに気付いてはいるが、どう反応して良いやら分からない。恥ずかしさもあって、とりあえずは気付かぬ振りをしてやり過ごす。

 そして配属された団が使用している執務棟へ到着すると、開いている正面扉をくぐり、案内に従って新人受付用に設置されたテーブルへと歩を進める。

 ラーソルバールは小さく息を吸うと、受付担当者に向き合い、背筋を伸ばして敬礼をした。

「本日より出仕となりましたラーソルバール・ミルエルシ、二星官です! よろしく御願い致します!」

 澄んだ声が響くと、周囲がざわめいた。


 話は三月の半ばに戻る。

「ああっ、クソッ!」

 その日、第八騎士団長サーティス・ジャハネートは荒れていた。

 副官達もびくびくと様子を伺い、誰一人近寄ってこない。

「シャスティ! お茶!」

 怒りに任せて声を張り上げると、「ハィー!」という副官の悲鳴にも近い声が返ってきた。

 苛々を吐き出すように、指先で机を叩くこと五十回。シャスティと呼ばれた副官が震えるようにお茶を運んできた。

「団長は何をそんなにお怒りなんですか? また軍務省から何か面倒事でも……?」

 お茶を机に載せると、小さな声でジャハネートに問いかけた。

「あぁん? ……クジをはずしたのさ」

「クジ……ですか?」

 意味が分からず、シャスティは聞き返した。

「二年越しで狙っていた当たりクジを、ランドルフの馬鹿に持っていかれたんだよ!」

「……は?」

 確かに、朝方気合の入ったジャハネートの姿を見ている。余程そのクジとやらの当たりを狙っていたのだろう。それを外したというのだから、良く分からないがかなり悔しいのだろうという事は理解できる。

「今日は何の日だか知ってるだろ?」

 クジとは関係無さそうだが、思い当たるのはひとつしかない。

「……新卒の配属決定日……ですよね」

 クジ引きになるのは、騎士学校の卒業者で成績上位二十名に限られる。指名制で、指名が競合した場合、当たりを引いた団に所属するという取り決めになっている。

「そう、それだよ!」

 ジャハネートの握り拳がブルブルと震えた。見るからに怒りを溜め込んでいるようで恐ろしい。

 温和とは程遠い性格だけに普段から荒れることも多く、傍に居る側も多少の事では動揺しないのだが、さすがに今日の様子には部下達も気が気でない。

「かわいい男でもいたんですか?」

 こういう時は冗談で和ませ話題を変えるというのが、この団の副官達の暗黙の手順になっている。

「男じゃない! かわいい娘だよ!」

 あ、これは冗談が通じない危険なやつだ。シャスティは察した。

「アタシの片腕にするつもりだったのに!」

 握り拳が机を叩いた。茶の入ったカップが跳ね、机が壊れるのではないかと思う程の音が響くと、床が揺れた。


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