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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十三章 その手に掴むのは

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(三)ひとつひとつ③

 ラーソルバールの抱える思いと同じく、卒業後に離れることになる友への寂寥感の表れか、それとも違う思いがあるのか。エラゼルが口にすることは無いが、彼女がラーソルバールの部屋にやって来る確率は、年明け以後に急激に上がった。

 そして卒業式が近付くにつれ、エラゼルだけでなく他の部屋の友人達も同じようにやって来るようになった。卒業してしまえば、配属先によっては顔を合わせる機会も減る。残された時間を少しでも楽しく過ごそうという気になったのかもしれない。


 友たちとの愛しい日々もあっという間に過ぎ、三月を迎えた。

 エレノールに加え、デラネトゥス家から紹介された二人が正式にラーソルバールの下に加わる事になり、二人だけだったミルエルシ家は一気に賑やかになった。

 最後の休暇を利用して同時に引越しの準備も始まる。

「マーサさん、その荷物は先にお願いします!」

「おばちゃんだから、手加減してちょうだいな」

 家政手伝いに来ていたマーサは、引越し後の邸宅も家からの距離的も大して変わらないため、継続しての雇用となっている。もとより、雇用主は父であるため、ラーソルバールが口出しできるところではないが、長年居てくれた人が継続する事への安心感は有る。


 引越しは運搬業者に依頼をしているが、馬車による運搬だけでなく、積み込み作業にも動いてもらっている。荷物をまとめ、荷馬車に積み込み、新しい邸宅との間で二往復したところで、荷物の移動を終えた。

 ちなみに住み込みとなるエレノールの荷物は、フェスバルハ家から別途届けられており、そちらの配置などは元同僚達の手伝いで午前中に終了している。

「ラーソル、これで荷物全部?」

 シェラは二回目の馬車の到着を確認したところで尋ねる。

 新しい邸宅には、シェラとフォルテシア、エミーナの三人が掃除と引越しの手伝いに来てくれていた。

「うん、これでおしまい!」

 荷物を邸宅内に運び入れて、ミルエルシ家の荷物運搬は終了となる。箱詰めされた荷物の開封は翌日以降に対応することを決めていたので、荷物を異動させ、家具を配置した時点でこの日の作業を終了とする予定になっていた。

 新築とまではいかないまでも、掃除の行き届いた邸宅は不快感を感じる事は無い。夕方頃には予定通り作業は完了し、これで新しい家で生活を始める準備を整えることができた。


 夕食を用意する余裕がないだろう事も想定しており、予め近くの食堂に依頼してあったので全員で移動し、感謝の気持ちを込めての晩餐会となった。

「さあ、みんなで夕食を頂きましょう」

 この食堂「猫の見張り番」に予約に来た際、元子爵家の邸宅に引っ越してきた者だと告げると、貴族相手に提供できるような物は作れないと一度は断られた。しかし、普段店で出す物で良いので、とラーソルバールが頼み込んで、何とか了承を得たのである。

 ミルエルシ家はマーサに食事を作って貰う事が多かったが、人数も増えたため今後はそのままでいけるとは限らない。現時点では料理人を雇っておらず、この店を利用する事を想定すれば、繋がりを作っておいた方が良いと考えたからでもある。

 それに応えるように食堂側も張り切って作ったのか、なかなか豪華で良質な食事が提供された。学生達以外は酒を飲んで半ば宴会状態になったが、それが親睦を深める役に立つのなら喜ぶべき事だと、ラーソルバールは嬉しそうにその光景を見つめていた。


 そして数日が過ぎ、騎士学校もいよいよ卒業式を迎えることになった。

 卒業生代表は、今年はエラゼルではなくラーソルバール。前年にエラゼルに怒られたので、さすがに今年も逃げるわけにはいかないと腹をくくったようだが、前日から嫌そうにため息を連発していた。

 朝、食堂でも憂鬱な顔をしていると、友人達は揃って笑顔でからかいはじめる。

「どうだ、去年私がどれだけ憂鬱だったか分かったか?」

 去年の恨みを晴らさんとばかりに、エラゼルが頬をつねる。それは激励なのか、ただの悪戯の類なのかは分からない。

「式が始まる前からそんなに緊張してたら、体が持たないよ」

「人前でいつも通りできないと、団長とか務まらないよ」

 シェラが現実的に諭したかと思えば、エミーナが茶化す。

「団長はまだ先の話……」

 そしてフォルテシアはそれを否定もせず、小さく笑うと、誤魔化すようにパンをかじった。

「入学式も宣誓したんだから、大丈夫だよ!」

 シェラに背中を叩かれ、あの日の光景がふと思い出された。

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