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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十三章 その手に掴むのは

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(三)ひとつひとつ①

(三)


 新年会を終え、王宮から疲れ切った様子で帰宅した父と娘を、エレノールが笑顔で迎えた。

 ラーソルバールはふらふらになりながらも、ドレスのままリビングの椅子に腰掛け、大きく息を吐いた。

「お疲れ様でした。楽しかったですか?」

「そういう風に見えますか?」

「んー、半々ですか?」

 曖昧な答えに、エレノールは苦笑した。

 ラーソルバールとしてもエレノールの言うように、楽しんだといえば楽しんだのかもしれない。学校以外の場所で、多くの人との接点を持つという機会はなかなか有るものではない。

 人脈を広げようなどという考えは持っていなかったが、結果的には先々に繋がる出会いが有った可能性もある。

「それから……」

 薬草茶を淹れようとしたエレノールを呼び止めるように声をかけた。

「伯爵様に御挨拶をして、エレノールさんの件もちゃんとお話ししました」

 伯爵と話したのはエラゼルの話を聞いた後だったので、赤くなった目を不審に思われただろうかと少々気になっている。

「ありがとうございます!」

「契約書に記載した通り、三月からでお願いします。最初のお仕事は引越しという事になりますね」

 茶の入ったポットを手に、嬉しそうな表情を浮かべるエレノールを見て、ラーソルバールは苦笑いする。

「大臣でもある伯爵家を辞めて、準男爵の小娘のところに来るなんて、世の中の人が聞いたら何て言うか……」

「先見の明がありましたね、って言われると思いますよ!」

 自信満々に言い放つエレノールに、父と娘はある種の頼もしさを感じた。


 年末から年明けにかけて滞在していたエレノールも、ラーソルバールの休暇が終わると同時に、伯爵家へと戻って行った。

 そして、ラーソルバールにとって残り少ない学校生活が始まる。

 幼年学校時代とは異なり、騎士になるという明確な目標を持って学んできた分、ラーソルバールは多くの教科で好成績を残してきている。だが、相変わらず魔法は不得手なままで、全体平均よりやや下といった程度の実力しか身に付いていない。

 魔法は一通り使えるようになったとはいえ、簡単な魔法であっても無詠唱で発現させることは未だに出来ていない。


「騎士には魔法も必要だぞ」

 ラーソルバールが魔法を無詠唱で行使しようとして失敗したのを見て、隣で訓練をしていたエラゼルが笑った。

 エラゼルの場合、騎士学校で習得した魔法は、ほぼ予備詠唱無しで使用できるようになっている。中程度の魔法であれば、無詠唱でも全く問題が無い。学年で一番という評価はもとより、ここ二十年で最高の実力だろうとも言われている。

「天才のくせに人一倍努力する、貴女のような人とは違うんです!」

「ほんとにねぇ、その美貌や才能を少し分けて欲しいなあ」

 話を聞いていたシェラが愚痴る。彼女もいくつか無詠唱で魔法を使えるようになってはいるが、エラゼルとは大きな開きがあるのを自覚している。

「私語は良くない。教官に怒られる」

 フォルテシアが小さな声で忠告した。


 彼女も、休暇を終えて戻ってきた時にエラゼルの進路について聞かされている。

 ラーソルバールに告げたことで気が軽くなっていたのか、フォルテシアには少しさばさばした様子で打ち明けていた。それに対してフォルテシアはやや動揺した様子を見せたが、僅かな時間の後に平静を取り戻すと「分かった。少し残念」とだけ答えた。

 エラゼルを気遣って、彼女なりに精一杯努力した結果だということを、ラーソルバールやシェラには分かっている。もちろん、それはエラゼルも気付いているのだろう。

「すまぬな」

 彼女を気遣うエラゼルの一言で、フォルテシアの瞳には涙が滲んだ。平民出身の自分に対して、親しくそして礼をもって接してくれる公爵家の娘。フォルテシアにとって、どれだけ大きな存在だったろうか。

「謝る必要ない……」

 必死に捻り出した言葉は、震えていた。ラーソルバールに対して抱く感情とは、似て非なる思いを抱えていたに違いない。


 四人は今までと変わらぬ様子で授業をこなしながらも、一日一日と迫る卒業へ寂寥感を覚えずにはいられなかった。


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