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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十三章 その手に掴むのは

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(二)エラゼルの決意③

 父とデラネトゥス公爵が娘同士の繋がりからか、はたまた意気投合したのか、暫しの時間、歓談することになったおかげで、ラーソルバールもイリアナやルベーゼとの時間を持つことができた。だがそれも長く続かず、ルベーゼの体調が優れないという事もあって、公爵夫人とイリアナの三人は先に邸宅へ帰るため、会場を出て行ってしまった。

「ラーソルバール、シェラ、少し良いか?」

 三人が会場を後にしたのを確認すると、エラゼルが二人に声をかける。ラーソルバールはそれに黙ってうなずくと、歓談していた父の服の裾を掴み、顔を見上げた。

「父上、少しだけ外します。終わったらすぐに戻ります」

 二人の父に優しく見送られながらエラゼルについていくと、彼女はベランダの扉を小さく開けて外に出てしまった。会場に寒気が流れ込んだので、シェラと二人、急いで外に出て扉を閉める。

 ベランダはやや暗いが、会場から漏れる光が三人の影を作り、庭園へと映した。

「夜になるとやっぱり寒いね」

 白い息を吐き、シェラが寒そうに震える。

「ああ、すまぬ。話はすぐに終わらせる」

 そう言ったエラゼルの表情の暗さの理由が、ラーソルバールには何となく分かった気がした。


 エラゼルは息を吸ってから、切り出しにくそうに小さく吐息する。そして意を決したように、二人の顔を見た。

「……二人共、済まない」

 突然エラゼルが頭を下げたので、二人は驚いて顔を見合わせる。

「どうしたの?」

 謝罪される理由が分からないとばかりに、シェラが聞き返す。

「エラゼルは、卒業したら違う道に進むって事……かな?」

 ラーソルバールがエラゼルの態度から導き出した答え。ナスターク侯爵が「今年は正式に騎士に」と言った際、わずかにエラゼルが表情を曇らせたのを見たからでもある。

 エラゼルは気付かれていた事に驚きつつ、肯定するようにうなずいた。

「公爵家の娘として恥ずかしくないようにと、厳しい教育を施される騎士学校に入るよう父から厳命されていた。私が行きたく無いと言っていた事がある、というのは姉上から聞いたと思うが……」

 苦笑いを浮かべつつ、エラゼルは話を続ける。

「だから、私の意思はともかくも、このまま騎士になるものだと思っていた。……だが昨年の夏、父に卒業後は修学院に編入するように、と言われたのだ。例の件とは関係なく、公爵家の娘として恥ずかしくないような知識を身につけろ、という事らしい。……父上の仰る事は理解できたし、そう在りたいと私も考えて……自分で選んだ道だ」

「今まで迷っていたけど、決めたということだね。何も謝る事ないじゃない。エラゼルにはエラゼルの道がある。最終的には自分で決めた事なんだし、他人がどうこう言うものではないでしょ? 私達はそれを応援するだけだよ」

 同意するように横でシェラがうなずいた。

 ラーソルバールの言葉を受け止めると、エラゼルはうつむいて目に涙を浮かべながら、行き場の無い思いをぶつけるように拳を握り締める。

「だが……、私は裏切らないと誓ったのに……」

「何か裏切った? 私はエラゼルに騎士になって欲しいなんて、ひと言も言って無いよ。貴女がずっと友人のままで居てくれれば嬉しい、ただそれだけが私の願い」

 言葉と会わせて差し出された手をすり抜け、エラゼルはラーソルバールに飛びついた。そしてそのまま両の手を背中に回してぎゅっと抱き締める。

「エラゼル、泣いたらお化粧が大変な事になるよ」

 小刻みに震える身体を強く抱き締めると、背中をぽんぽんと軽く叩く。

 本来であれば、公爵家の娘に友人で居てくれなどと、男爵家の娘である自分が言えるはずもない。思えば八歳の頃の出会いから、ここまで色々あったものだと振り返ると、一緒に涙がこぼれそうになる。

「普段の雰囲気からは想像できないくらい、涙もろい人だねぇ」

 シェラが笑う。公爵令嬢という肩書きそのままの、凛とした立ち振る舞いしか知らない者は、きっと今の彼女の姿を想像することはできないだろう。

「卒業してからは違う場所になるけど、この国を支えて守れるような人になるという願いは同じだよ。友人である限りはいつでも会えるんだし、まだ学校も終わってないよ! だから、これからもよろしくね」

 ラーソルバールが髪を優しくなでてやると、エラゼルの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「ほらほら、泣かないで! まだ卒業まで時間はあるんだし、ラーソルを叩きのめす機会もきっと有るよ!」

「そうだな……終わりじゃないな……」

 ラーソルバールに一緒に抱き寄せられたシェラが、エラゼルの顔のすぐ近くで微笑むと、伏せていた瞳を上げてエラゼルは楽しそうに笑った。

「寒いけど、何だかあったかいね……」

 ラーソルバールの目からも涙が溢れた。


 三人の娘が目を赤くして、こそこそと会場に戻ったのは、それから間もなくのことである。


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