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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十二章 積み重ねたもの

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(四)憂鬱な年末③

 ラーソルバールが淹れた茶を一口飲んでから、エレノールは小さく吐息を漏らした。

「これでようやく安心しました」

 言葉の通り、先程までの気負ったところも消え、安堵した様子が見て取れる。そんな二人のやり取りを黙って見ていたクレストは、なぜか首を傾げた。

「私としても、知っている方が娘の所に来てくださるのは嬉しいのですが、本当に良かったのですか? 伯爵の所なら、何も心配せずに働けたでしょうに」

「……確かにそうですね。非常に良くして頂いておりますし、良い方ばかりでした。けれど……何と言うのでしょうか……。そこに居るのが私でなくてもきっと何も問題が無く、他の誰かでも同じように出来るんじゃないかと思えてきていて」

 どこか悲しそうな目をしながら語るエレノール。ラーソルバールは彼女のそんな姿を始めて見て、少し胸の痛みを覚えた。

「でも、ラーソルバールお嬢様と居ると楽しくて、そんな悩みも吹き飛んでしまって、この方の所で仕事をしたいと思うようになったんです。それと……、お嬢様はきっと凄い人物になるという予感がするんです。……ああ、でも将来を見込んでの打算から選んだ訳じゃないですよ!」

 真摯に質問に答える様子に、娘を預けることになる父親は、嬉しそうに微笑んだ。

「ふふ……、分かりました、娘をよろしくお願いします」

 多くを語らない親心は、エレノールにも伝わったように見えた。


「今更なんですが、エレノールさん……。お給金とか、待遇のお話をしていませんよね」

 父との会話が終わったのを見届けると、ラーソルバールは再び口を開いた。

「そうですね。けれど、それは預かる事になる領地にもよるでしょうし、収入額が分からない事には……」

「領地についての正式決定は三月予定なんですが、一応候補地の打診を頂いています。三箇所の中から選ぶように言われたのですが、その内のひとつイスマイア地区東部でお引き受けしようかと思っています」

「……イスマイア地区って、去年暴動が発生した所ですよね?」

 地名を聞いて、エレノールは驚いたように聞き返した。

「そうです。東部の方は比較的暴動の影響が小さく、その地域には村がひとつあり、大きめの街道が近くを通っています。王都からも遠くなく、父の領地やフェスバルハ伯爵の領地が比較的近い事が利点です。他に提示されたのは、先の動乱に加担した貴族から没収された地域で、領地はとしては大きめですが王都からも遠く、私には色々と不便でしたので……」

「お嬢様の事ですから、当然、領民の心情や産業、地形なんかも考慮されているのでしょう?」

 エレノールの問いに、ラーソルバールは無言でうなずいた。

 カレルロッサ動乱に加担したとはいえ、領民が領主を嫌っていたとは限らない。その動乱の折に功績を挙げて叙爵された者が、新たな領主になる事を良しとしない者も居る事だろう。


「その領地の収入を概算して、あと二人雇用する事を考えると、申し訳ないのですが、エレノールさんにお支払いできるのは、とりあえずひと月に金貨四枚程度となってしまいます……。きっと今のお給金より大分減ってしまうんじゃないかと……」

「大丈夫です、大きな差はありませんし、想定内です……ってあと二名?」

 意外な言葉に、エレノールは思わず聞き返した。

 フェスバルハ家に話があったのは、家内を取り仕切る侍女一名ということだったはず。それはエレノール自身が来る可能性も考慮していたのだろうか。

「領地の経営のため信用できる方を紹介して下さるよう、()()()()()()()にデラネトゥス公爵にお願いしていたのです」

 暗殺者対応の件で公爵から謝礼の申し出があった際、金銭の代わりに依頼していたのだ。話を聞いてクレストは、娘がまたやらかしたとばかりに頭を押さえると、大きくため息をついた。

「その方々が明日ここに来られる予定なんですが、見知らぬ方とお話しするのがちょっと気が重くて……」

 もともと今日も、エレノールに付き添われて知らない誰かが来ると思っていたので、朝から少し気が重かった。それも杞憂に終わったのだが。

「なるほど。明日も忙しいのですね。でしたら、今日のうちに依頼していたドレスの受け取りと、年末年始の支度を済ませてしまいましょう!」

 明日の事を気に病むよりもまず、やることをやってしまおうという、エレノールらしい行動力を感じる。

 正式に主従になったら、きっとこんな毎日なのだろう。憂鬱な事も楽しく思えるようになるかもしれない。

「年始まで、お休みを頂いて来ています。ここで御厄介になりますのでよろしくお願いしますね!」

「……え?」

 エレノールの方が一枚上手だ。そう感じて苦笑いするラーソルバールだった。


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