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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十二章 積み重ねたもの

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(四)憂鬱な年末①

(四)


 この年の学校行事および授業は終わり、例年通り騎士学校は冬季の休暇に入った。

 王都に実家の無いフォルテシアは、前日までに荷物をまとめており、朝一番に寮を出ることになっていた。

 いそいそと急ぐ様子を見たシェラが理由を尋ねると、少し嬉しそうな表情を浮かべながらフォルテシアは答えた。

「今年は父が休暇が貰えたらしいから」

 実家への期待を滲ませながらも、見送る者達との一時の別れを惜しむ。

「お父様にはその節は大変お世話になりました。感謝しておりますと、伝えてね」

 ブルテイラ事件ではその存在が無ければ、皆どうなっていたか分からない。ラーソルバールの言葉にシェラも、エラゼルも微笑みながらうなずいた。

「分かった、伝えておく」

 口数の少なさは相変わらずだが、入学当初は無愛想に見えたフォルテシアも、豊かな表情を見せるようになっており、エラゼルには「誰かの悪い影響を受けたせいだ」とからかわれた事もある。その時「貴女も同じ」とフォルテシアがつぶやくように返した言葉は、エラゼルには聞こえていなかったに違いない。

「じゃあ、馬車の時間があるから」

 三人に門まで見送られ、フォルテシアは手を振りながら走って去っていった。


「さて、誰かさんに部屋に寄生されないうちに、私も家に帰ろうかな」

「ん? 誰のことだ?」

 ラーソルバールとエラゼルのやり取りを聞きながら、シェラは笑いをこらえる。

「まあ、ラーソルも起こしてくれた人に良くそういう事が言えるよね」

「はて?」

 とぼけるように背を向けて、さっさと寮へと足を向ける。

「家で年越しの支度もしないといけないから……」

「王宮の新年会もあるしね……憂鬱だわ……」

「待て待て、誰が寄生すると?」

 三者三様の言葉を漏らしつつ、三人は寮に戻った。


 王太子の婚約者候補になった以上は、王宮の新年会の参加はほぼ必須となる。であるにも関わらず、国からの支度金等や援助は一切ない。会に出席しなくても良いという意味ではなく、着飾って来なくても良いと受け取るべきだろう。会への向き合い方や、そこでの振舞いが評価されるのは間違いない。

 ラーソルバール自身、婚約者に選ばれようという気は一切無いのだが、爵位を授けられたうえ、英雄だの聖女だのと有り難くもない名で呼ばれる以上は、無様な姿を晒す訳にはいかない。

 社交界に出て二年目でもあるし、どういうものかも味わった。前回は目立たないように隠れていられたが、今年は立場を考えれば同じよう済ませる訳にはいかないだろう。

 荷物を纏めながら、ため息をつく。

「何を、憂鬱そうな顔をしている」

 優雅に茶を飲みながら、黙って様子を眺めていたエラゼルが口を開いた。

「んー……。王宮の新年会に行きたくない」

「無理だ」

 即答され、ラーソルバールはあからさまに嫌な顔をする。

「叙爵されてから初の王宮の催しに出席しないなど、不敬にも程があるだろう」

 エラゼル自身も面倒事が嫌いなくせに、自分の嫌がる姿を見て楽しんでいるのだとラーソルバールはすぐに理解した。

「けど、会に出れば年齢も年齢だし、言い寄ってくる男性も増えるだろうしねぇ」

 他人事のように茶を飲む相手に、ちくりと言い返す。動揺してティーカップを揺らしたが、落下させたり、こぼしたりするまでには至らなかった。

「わ……我々は、言い寄って来られても、候補者選定が終わるまで受けるわけにはいかないだろう?」

「そんなの分かってるよ。ただその事は公言できないし、向こうも事情を知らないから、あしらうのも大変だよ、きっと」

「……そうだな」

 エラゼルは自らの置かれている状況を理解すると、先程までの余裕はすっかり消え、肩を落としてうな垂れた。ラーソルバールはともかく、エラゼルのような公爵家の娘に近付くのは、それなりに格のある家の出身に限られるだろう。数は気に病む程ではないが、断り方が問題になりそうだ。そこまで想像して、ラーソルバールは友を思い、苦笑した。

「さあ、私の部屋で考えてても仕方ないから、自分の部屋に戻ってください。それ洗ったら、私は実家に帰るから」

「邪魔者扱いして……」

「はいはい、新年会で会いましょう!」

 厄介者を追い出すが如く、エラゼルの尻を軽く叩く。そんなエラゼルがふてくされたような顔をしたところで、入り口から声がした。

「ラーソル、私は先に帰るね……って、……結局、寄生してたのね」

 シェラが部屋を覗き込み、エラゼルの顔を見るなり笑った。

「うん、寄生されてた」

「な……。人を厄介な虫のように……」

 シェラが吹き出して笑い出すと、そのまま二人もつられたように笑い出した。


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