(三)雪は静かに舞う③
二人が着座したのを見計らって、ジャハネートはちらりと大臣を見る。それに気付いたのか、大臣はゴホンとひとつ咳払いをしてから、温和な表情を消した。
「話というのは、先日の暗殺未遂件、ふたつの事なんですが……。お二人とも、いつも厄介な事件に巻き込まれてばかりで……、そういう運命にでもあるんですかね? と、厄介事を頼んだ事もある人間が言えた台詞じゃないんですが……。」
半ば冗談にも聞こえるような言葉だが、その表情は憂いに満ちている。二人を心配しているという事だろう。
「まず、人間の方。暗殺を企図したのは、とある貴族という事が判明しました。表向きは別件で処断されますが、余罪に他家の令嬢暗殺未遂が加えられるので、分かる人には分かるでしょう……。やはり、候補者選びで有力と言われる貴女がたが邪魔だった、ということです。結局は派閥争いに関係するのですが、婚約者に選ばれた場合、デラネトゥス、ミルエルシ両家ともどこの派閥にも属さず扱いにくいうえ、新しい派閥が出来て自派閥の切り崩しも起きるのではないか、という危惧があったようです」
「だからと言って、自派閥の御令嬢が選ばれるとは限らないでしょうに……」
ラーソルバールは呆れたように言うと、ため息をついた。
所詮、暗殺を依頼した貴族も派閥の中で使い捨てられただけだろう。派閥の上層部から明確な指示があったかどうかは分からないが、その尻尾を掴む事ができるとは思えない。あくまでも「個人的に危惧した」というのが落としどころか。
「この件は、両家の御当主にも文書で通知が届くことになっているので、説明はこの辺で済ませます。そしてもう一方の件ですが……」
そこまで言ってから大臣は頭を掻き、ジャハネートの顔を見た。
「ここから先は、軍務の管轄じゃないからね。と言っても、アタシも事件関係者として調査に協力しただけなんだが……」
ジャハネートは、やや不満げな表情を浮かべながら足を組んだ。
「いや、協力が嫌だった訳じゃない。結果が気に入らなかっただけさね」
「と、仰いますと?」
エラゼルは含みのある言い方が気になったようで、表情を伺うように視線を送る。ジャハネートもそれを嫌う事なく見つめ返すと、肘掛を台にして頬杖をつき、眉間にしわを寄せた。
「奴らの体内から、変化に使われたと思われる特殊な鉱石が出てきた。といっても、それ自体は出涸らしになっていたから、どんな魔法や呪術が使われていたかも分からない。そして忌々しい事に、暗殺者共がそれを入手した経路も分からなかった……」
「何やら、門石の件と似ているような気がしますが……?」
説明に苦笑いしながら、エラゼルはラーソルバールの顔を見る。門石のように、過去の事例のようなものがあるか、と暗に聞いているのだろう。
「歴史書を読む限り、人を悪魔に変えるなんてのいうは、古からあちこちで研究されているよ。どこまでが真実で、どこからが虚構か分からないけれどね。力を追求する中で、人間はどうやったら悪魔の力を取り込むことができるか、って研究するのはありがちな話でしょう? でも、今までは成功例は無かったんじゃないかな。みんな結局は必要なものが足りなかったから……」
「必要なもの?」
ラーソルバールが最後に濁した言葉の真意を測りかね、エラゼルは聞き返した。
「資金と、経験と……人的資源」
「なるほど……」
人的資源、すなわち実験台だ。非人道的な研究だけに、生贄になる存在が無くては成り立たない。成功するまでにはどれ程の命が費やされれるかも分からない。
研究資金と、経験、すなわち過去の失敗を基にした資料の蓄積と研究。そして実験台となる人間。
「それが可能な所は、ひとつしかないよ」
「ああ、分かっていた。どうせあの国の仕業だろうさ。資金は言うまでもないし、資料や人材は国内はもとより侵略した国からも集められる。そして最後の人的資源だが……侵略した国や西方戦線の虜囚を使えば、まあいくらでも居るな……」
ラーソルバールの答えで納得したかのように、ジャハネートは口元を歪める。エラゼルも唇を噛むと、拳を握り締め身体を震わせた。
「戦争にでも使うつもりなんでしょうかね?」
背筋が寒くなるような言葉を大臣は口にした。それは突飛な発想では無く、最も現実的な予見。この後、重い空気のまま四人は会話を続けたが、制限時間に達したところで、二人は部屋を出た。
「片付け手伝おうか!」
気持ちを切り替えるように、ラーソルバールは友に笑顔を向けた。
会場に戻る頃には陽も翳り、気温も下がったことで、吐く息も一段と白くなる。そして、大会の後片付けが終わる頃、空から白いものが舞い始めた。
「ああ、寒かったもんね……」
この冬、王都での初雪だった。
風も無くただ静かに降る雪は、灯り始めたランタンの光に照らされ、少しだけ神秘的に、景色を変え始めていた。




