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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十二章 積み重ねたもの

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(三)雪は静かに舞う①

(三)


 エラゼルの誕生会を無難に終えた翌日、暗殺者を目的毎の二つに分類したうえで、デラネトゥス公爵家は正式な手続きを踏み、国王宛に身柄引渡しと尋問結果などの情報提供を行った。


 報告によって明らかになった王太子の婚約者候補暗殺未遂事件は、世に公表されなかったものの、国家の首脳達に大きな衝撃を与えた。

 二人に限定して同時に狙ったという点を考慮すれば、事件の背後に居るのは、候補者に関する事情を知る者と考えるのが妥当で、別の私怨によるものとは考えにくい。厳選したはずの候補者間で暗殺問題が発生したという事実は重く、候補者選びからやり直すべきという意見も出た程だった。

 首脳陣は翌日まで悩んだ結果、名前を伏せたうえで、暗殺未遂事件が有ったという事を各候補者へ通知する事を決定する。こうした事件に関与した場合、家の取り潰しも有りうるとの脅しの文言も加え、再発への牽制も忘れなかった。

 また、事件の自作自演の可能性も排除せずとし、真相究明と事態の終息に向け、候補者十人全員の身辺調査が国王の指揮の下、内密に行われる事も決定している。

 そういった対策を立てたとはいえ、ラーソルバールとエラゼルは、狙われる可能性が無くなった訳ではない。「婚約者候補が公に出来ない以上、王宮からの護衛もままならないので、自衛のため気は抜かないように」という通達に、二人は苦笑いをしながら自衛の覚悟を決めた。


 王宮の牽制が奏効したか、幸いな事に大きな問題も発生せずに日々は過ぎ、ラーソルバール達は平穏なまま年末を迎える事ができた。

 そして、騎士学校では年末恒例の武技大会が行われた。結果は、今年もエラゼルの宿願は叶わず、ラーソルバールの優勝という形で終わる。エラゼルは準優勝、三位以下もほぼ前年と同じような結果に終わった。

 決勝で敗れたエラゼルだったが、意外にもさばさばしたもので「十分に楽しんだ」と語り、それを証明するように大会中は終始笑顔だった。

 表彰式の優勝者に対する()()()の瞬間だけは、前年の事もあるだけに、エラゼルは警戒心たっぷりにラーソルバールを睨みつけていた。もしまた「翌年の行事では面倒な役をやりたくありません」などと言われてしまえば、自分の所にその仕事が回ってくるだけに、それだけは絶対に阻止しなければならないのだ。

 そんなエラゼルの視線に気付いたのか、ラーソルバールは友の顔をちらりと見て、苦笑いを浮かべると「欲しいものや、要求は何もありません」と答えるに留めた。


「去年、大見得を切ったのに、結局また勝てなかった」

 表彰式のあと、エラゼルは小さく口を尖らせた。

「最も手の内を知っている相手でもあるから……ね。でも、一番強いのは間違いないし、苦労して勝ったんだよ」

 言葉通り、練習でも剣を交え、あの手この手で打ち負かそうとしてくる相手だけに、手の内は知れている。それでも今大会では魔法を駆使しつつ戦われて、やや苦戦したのは間違いない。ラーソルバールは気恥ずかしげに笑った。

「まあ……そういう事にしておく……。ああ、それよりもグレイズ・ヴァンシュタインだとかいう男の事だが……。奴は嫌な剣を使うし、邪な念でもあるかにも感じる。お前には因縁もあるようだし、何があるか分からんから気をつけるといい」

 さらりと話題を変えるあたり、今のエラゼルにとってラーソルバールとの勝敗はそれ程、重要なものではないのだろう。そこから一転して友の身を案じる表情に変わった事で、ラーソルバールも話の内容が少し気になった。

「彼、強くなってる?」

「うむ。私も気が抜けぬほどだったし、正直に言えばガイザよりかなり上だろう」

「ん、分かった。気をつける……」

 グレイズには「侯爵家の息子」であるという、並々ならぬ自尊心がある事を知っている。家名を背負っていると考えている分だけ、身分の低い者や、女に負けたという事実は許しがたいものだろう。

 今年はエラゼルに負けたが、彼女に英才教育が施されているのを知っていたとしても、それだけでは納得しきれないものがあるだろう。ましてや、そのエラゼルに勝った相手が、前年に屈辱を味わった相手、それもたかが男爵家の娘だったのだから、自尊心は大きく傷つけられたに違いない。

 目にした限りでは、エラゼルの言うように強くなっているのは間違いないだろう。彼が昨年の雪辱を晴らそうと、鍛錬を積んできたのは想像に難くない。だが、それでも及ばなかった。彼が味わった屈辱は大きいだろう。

 自らへの怒りが精神を歪めつつある、エラゼルはそう警告したのである。


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