(一)悪魔①
(一)
デラネトゥス公爵家の誕生会は、開始直後の和やかな雰囲気から一変した。
余興自体には事前に告知があったため、参加者もさしたる動揺もなく、それを受け入れた。騒ぎ立てる事が公爵家に連なる者として、不適切だという認識があるのだろう。
会場に居た警護兵は剣を取り、不測の事態に備えている。それ故に、不安は少なかった。
その精神の均衡を破るような事態が目の前で起きている。
悪魔が現れた。その事が、絶対的な安心感を揺さぶっている。だが、最後の砦が、悪魔と自分達の間にある限り、恐慌状態に陥らない。
そう、サーティス・ジャハネートという女傑が存在するという安心感。
ジャハネートは悪魔へと変容する男達の姿を見ても、慌てる事無く黙したまま自らの剣を手に取った。
「ちょいと、無茶しようかねぇ」
唇を舌で舐めると、不敵に笑みを浮かべた。
一呼吸おいてから、床を蹴ってバルコニーに突っ込む。
左腕に魔力を流すと、エラゼルの前に居た一体の腹に、拳を下から突き上げるように叩き込み、宙へと弾き飛ばす。そして軽く跳躍すると、剣を振るって姿を見せていなかった男に一撃を加える。
「ラーソルバール! あとの一匹は任せた!」
ジャハネートはそう言い残して、相手の剣と交錯させたまま、ドレスをはためかせながら、庭園へと飛び降りた。
「了解しましたっ!」
ジャハネートの言葉に応じると、ラーソルバールは右脚を振り上げ、ドレスを躍らせながら、悪魔へと化身した男の顎を脛甲で蹴り上げる。その勢いで悪魔は欄干を超えて、頭から庭園へと落下した。
「先に行くよ、エラゼル!」
苦笑いするエラゼルに目配せをすると、ラーソルバールもジャハネートに倣って欄干を飛び越えて庭園へと降りていった。
「ここは二階だぞ」
呆れたようにモルアールがつぶやく。着地の衝撃は脚に魔力を流し込んで減らしていると分かっていても、よくやるものだと思う。
「先に行くぜ」
ガイザは剣を手にエラゼルを一瞥すると、庭園へと飛び降りた。
「やれやれ、行儀の悪い……」
先を越され、ばつが悪そうに頭をかきながら、エラゼルも続く。白いドレスが空気を孕んでふわりと踊る。
「庭園が傷むのは止むなしとして、着替えは必要になるのだろうな……」
エラゼルは眼前に立つ悪魔達を睨みつけ、剣を構えた。
「下級悪魔程度が二体とコイツは上級とまでいかない、それなりの奴だ。皆、所詮が半悪魔さ、大した事は無い」
ジャハネートは交えていた相手の剣を弾くと、その勢いのまま恐るべき速さで横薙ぎをする。
「どけ! 女豹! 俺の相手はお前では無い!」
男の声と別の物が混じったような声を放つ。その姿は既に人間のそれでは無く、ラーソルバール達の記憶あったものの欠片もそこには残っていなかった。
「あの娘達は、この国の未来を背負って行かなきゃいけないんだよ。アンタ如きが悪戯に手を出して良い相手じゃない」
「騎士団長自らが相手をしてくれるというのは光栄だが、まずは雪辱を晴らしてからだ」
暗殺者の首領だった男は、雪辱の為に悪魔にまで身を売った。だが、果たしてそこまでしなくてはならない程、暗殺者にとっての失敗とは大きなものだったのだろうか。
悪魔となった男は跳躍し、ジャハネートを越えた。背中にあった羽根が衣服を突き破って現れ、その羽ばたきで宙に浮かぶ。
庭園で起きている様子に驚愕しながらも、シェラは剣を手にするとバルコニーへと飛び出した。それに半歩遅れて青いドレスのフォルテシアが続いた。
「会場に損害が出ないように、ここは私達が守らないと!」
「うん。よろしく、ディナレス、モル」
「略すな!」
フォルテシアの一言で緊張が適度にほぐれたが、宙に浮かぶ悪魔が視界に入ると、気持ちから余裕が消えた。
「あんなのを相手にするの?」
人間よりも一回り大きな姿に変容した禍々しい存在に、ディナレスは恐怖を感じずには居られなかった。




