(三)小さな戦場へ①
(三)
エラゼルの誕生会当日を迎えた。
夕方、デラネトゥス家の馬車が一台、騎士学校寮の門の前に現れた。
先に家に戻っているエラゼルを除く四人が、武器を片手に馬車に乗り込む。傍から見れば、ドレスに剣を持った姿など、異様なものとして映るだろう。
「ドレスは着慣れないから……」
どうにも着心地の悪さを拭えない様子で、フォルテシアがつぶやく。
「大丈夫、似合ってるよ。青いドレスが黒髪にすごく合ってる! 動きにくいのはすぐ慣れるよ」
手放しでシェラが褒めると、フォルテシアは恥ずかしそうに顔を伏せた。
(慣れませんよ……)
ラーソルバールは声には出さず、苦笑いした。
四人が乗り込むと、馬車は紅く染まる街を駆け、しばらくしてからデラネトゥス公爵家王都別邸に到着した。
「おや、ミルエルシのお嬢様は、今年も同じ赤ですが、実に素敵なドレスでございますね!」
出迎えた執事の表情が一瞬で緩む。
「懲りもせずに田舎貴族の娘がやって参りました。昨年は色々とお気遣い頂きまして、有難う御座いました。今年は皆様にご迷惑をおかけしないよう、心掛けます」
ラーソルバールはできる限り優雅な仕草を心がけ、頭を下げる。エレノールに選んでもらったドレスを褒められ、内心少しだけ安堵した。
ドレス選びに付き合ったエレノールはやる気に満ちていた。
執事の言うように前年と同じ赤いドレスだが、今年はより大人の雰囲気を醸し出すデザインで、相反する要素「動きやすい事」を兼ね備えたもの。
他にも動きやすそうな物はあったのだが、エレノールは妥協しなかった。結局、ドレス選びはその日の夕方まで掛かったのだが、妥協しようとしたラーソルバールに向かって、次のように言い放った。
「私の主になられる方なんですから、少しでも美しいものを選ばなくてはなりません!」
「ん……来年から私の所に来るのは確定なの……?」
「伯爵様にも了承を頂いておりますから」
諦めつつ、ラーソルバールは憚ることなくため息をついた。
それが拒絶を意味するものではないと、本人も分かっているので、ラーソルバールに笑顔を向け、喜々としてドレス選びを続けたのだった。
「さあ、エラゼルお嬢様がお待ちです。馬車の中の物は、後程お嬢様のご指示のもとで、お手元までお持ちします」
執事の言葉に黙って頷く。
どこで敵が見ているか分からない。罠にかける側としては、見抜かれていると分かっていても、武器を手にして屋敷に入る事は避けなければならない。
扉を潜ると、使用人の女性が二人寄って来る。
「ミルエルシ様はこちらへ、残りの方は、彼女がご案内します」
黙って頷くと、三人に手を振って別れる。自分だけ呼ばれるという事は、エラゼルが何か用があるという事だろう。ラーソルバールはちらりと後ろを振り返った。
(招待客は聞いていた通り少ないみたい……)
ラーソルバールが案内された部屋に居たのは、エラゼルとデラネトゥス公爵の二人だけだった。
「ようこそお出でになられました」
エラゼルが第一声をあげ、ぎこちない笑顔を向けて立ち上がる。
ラーソルバールはその口調に違和感を感じたが、公爵の手前、令嬢としての振る舞いを心掛けているに違いないと察した。
「失礼致します。お待たせしてして申し訳ありませんでした。お久しぶりで御座います、公爵閣下」
失礼の無いようにと、細心の注意を払って恭しく頭を下げる。友人であるエラゼルの父とはいえ、相手は公爵である。
「ああ、良く来られた。そんなに硬くならないで、こちらに座って頂きたい。貴女はエラゼルの友人であり、イリアナの命の恩人だ。そして今は国家にとって重要な人なのだから」
公爵は柔和な表情でラーソルバールを迎えてくれた。
だが、ラーソルバールはその言葉に疑問を覚えた。『国家にとって重要な人』というのはどういう意味なのだろうか、と。
「ん、私の言葉が引っ掛かったかね? 何の比喩でもない。エイルディアの聖女とまで呼ばれる正義の代弁者的存在になりつつあるし、エラゼルと同じく王太子殿下の婚約者候補でもある。間違いなく重要人物だろう?」
「……公爵閣下は、私のような者が、エラゼル嬢と同じ婚約者候補である事にご不満は無いのですか?」
質問内容が意外だったのだろうか。ラーソルバールの問いに対し、公爵は首を傾げた。
「無いな。国の為に有益な人物であれば、何の異存も無い。むしろ私が推薦したいくらいだ。身内贔屓もあるが、あの中では貴女かエラゼルか、の二択でしか無いと思っている」
「買い被りが過ぎます」
「ひとつ問題があるとすれば、将来の騎士団長を失う事になるかもしれない、という事だろうかね」
公爵は愉快そうに笑った。




