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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十一章 騎士になる者として

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(二)仕掛け③

 エラゼルが出て行った後で、ラーソルバールは頭を悩ませた。

「動きやすいドレスって言ってもなぁ……」

 動きやすいドレスといっても、所詮はダンスで踊りやすいといった程度のものでしかないだろう。だが、さすがに騎士学校の制服で出席する訳にもいかない。昨年着たドレスも、やや体形に合わなくなってきている。

 新しいものを購入しないといけないのは間違いない。とはいえ、自身にドレスを選ぶ感性など持ち合わせていないことは、重々承知しているつもりだ。更に「動きやすいものであること」という選択制限までつけると、どうにもならない。

「迷惑を承知で()()()に相談しようか……」

 ラーソルバールは大きくため息をついた。


 そして次の休みを迎えた。

 寝起きが悪いラーソルバールだが、この日ばかりは時間が惜しくて早起きしようと頑張った。さっさと支度を整えると、朝食もそこそこに寮を出る。

 向かうはフェスバルハ伯爵の王都別邸。

 秋を迎え、気温も下がってきている。日頃の鍛錬の成果も相まって、早足で歩いても、汗をかくことも無い。

 時折声をかけられそうになるが、誰であろうと構っている余裕は無いので、気付かない振りを続けて歩く。有り難くも無い二つ名をいくつも頂いているので、下手をするとあちこちに知れ渡る可能性がある。細心の注意を払わなくてはいけないのだ。

 王都の治安は良い方ではあるが、時折面倒事と出くわす事もあるので、やり過ごすのが一番だと思っている。


「お仕事お疲れ様です。お忙しいところすみません……」

 無事に伯爵邸に到着すると、二人の門衛に挨拶をする。

「本日はどなたも来訪の予定は無いはずですが、どなた様ですか?」

 見たことも無い娘が事前の連絡も無く、大臣の邸宅にやってくるなど怪しい限りだとばかりに、まだ若い門衛は厳しい表情でラーソルバールを見つめる。

「私はミルエルシ男爵家の者です。エレノールさんにお会いしたいのですが、お取次ぎ願えますか?」

「どういった御用向きで?」

「個人的な用なのですが……」

 取り付く島も無いような対応に、ラーソルバールは困ったように頭を掻いた。

「ラーソルバールお嬢様!」

 邸宅の玄関から一人の女性が飛び出してきた。その声に、ラーソルバールは喜色を浮かべる。

「エレノールさん!」

 駆け寄ってくる姿に、ラーソルバールは全身を使って大きく手を振った。

「門を開けてください!」

 エレノールの言葉に、門衛は渋々門を開けた。

「お久しぶりです、お嬢様!」

 走ってきた勢いそのままに、エレノールはラーソルバールに飛びついた。ふらつきながらも、何とか転ばずに済んだが、想定以上の出迎えぶりに、ラーソルバールは苦笑いをする。

「ん?」

 エレノールは、直後に首を傾げた。

「どうしました?」

「……お嬢様、成長されましたね」

 エレノールの視線はラーソルバールの胸元に向けられた。

「いや……その、こ……ここでその話は……ちょっと……」

 顔を赤らめつつ、ラーソルバールの視線は宙を泳ぐ。一瞬、門衛と目が合ったが、即座に視線を外された。

「ふふふふふふ……。ここじゃないところでゆっくり話をしましょう」

「エレノールさん、……怖いです」

 エレノールの勢いに押されっぱなしで、ラーソルバールは取り繕うように笑顔を浮かべるしかなかった。


「この方は、ラーソルバール・ミルエルシ準男爵です。エイルディアの聖女と呼ばれている方ですよ! 覚えておいてくださいね!」

 エレノールは門衛に向き直ると、人差し指を立てて力説する。その言葉に、二人の門衛は一瞬驚いたような表情を浮かべると、慌てて頭を下げた。

「頭を下げないでください、突然来た私が悪いんですから!」

 恐縮したように頭を下げる門衛に対し、困惑しつつも自らも頭を下げる。

「もう、エレノールさんが余計な事を言うから……。それに、嫌な呼び名出さないでくださいよ……」

「それで? 今日は何の御用でしょうか?」

 ラーソルバールの苦情をさらりと流して、エレノールは笑顔で尋ねた。

「今日は、エレノールさんに個人的なお願いを……」

「分かりました! 本日の休暇を頂いて参ります!」

 ラーソルバールが話し終わらないうちに言葉を被せると、エレノールはスカートをつまんで邸宅へと走っていった。


「あんなエレノール女史……初めて見た……」

 門衛二人はエレノールの後姿を目で追いつつ、驚きの余り開いた口が塞がらないといった様子で苦笑いをする。

 そうか、あれがいつもだと思っていたけれど、違うのか。ラーソルバールは口には出さず、小さく笑った。


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