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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十一章 騎士になる者として

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(一)その手で救えるもの③

 地震による鬱々とした気持ちを変えたかったのだろうか。誰もが笑顔でいるように見えて、心からの笑顔を見せるのは僅かだけだった。

 それでも、思いがけず楽しい誕生会を催して貰えたことが、ラーソルバールは嬉しかったし、少しでも友人達の役にも立てたのではないか、と思う事ができた。


 ラーソルバールが誕生会の宴を中止したように、貴族達の多くは夜会や、誕生会といった華やかな行事を行わないという方針を打ち出した。

 国民、領民が困難に当たっている最中に贅沢は出来ない、というのは表向きの理由。実際には、王命により領地の復興に予算を回すよう指示が出ていること、被災により税収が見込めないといった、資金の都合がつかなかったという理由で取り止めた所が多い。他にも、会の最中に余震が有っては興が冷める、という貴族らしい理由もあったようだ。


 九月に入る頃には、余震もほぼ治まり、国民の生活や経済も元に戻りつつあった。

 そんな時、ラーソルバールとエラゼルの元に招待状が届いた。

 差出人はサーティス・ジャハネート。二人で王都の邸宅まで来るようにと書かれていた。あまりにも唐突で想定外な誘いだったため、ラーソルバールは文面を読み直した程だ。

 部下では無いものを招くというのは、何か意味があるのだろうかと考えるが答えが分かるわけではない。驚きつつも、恩義がある相手だけに断るわけにもいかず、招待状に書かれた日に、ジャハネートの邸宅を訪れた。

 門番は二人を見るなり、門を開いて中へと誘う。

 名乗りもせずに通される事を不思議に思い、首を傾げていると、察したように門番は笑った。

「とても美しい二人の金髪の娘さんが訪れたら、何も聞かずに通せと言われています。もし別の方だったとしても、我が主をどうこうできるとは思っておりません」

 確かにあの家主を害そうなどという女が居たところで、大した脅威にもなるまい。冗談ともつかぬ言葉に、エラゼルは納得しつつも気付かれぬよう小さく笑った。


 二人をすぐに家主が出迎えた。

「やあ、良く来てくれたお二人さん。大したものは出せないが、少しの間、私の話し相手になって欲しい」

 満面の笑みを浮かべて両手を広げる家主からは、何を意図しているのか読み取れない。

「本日はお招きに預かりまして、光栄……」

「そういう堅苦しいのはいらないよ。とりあえず座っとくれ」

「はぁ……」

 挨拶もそこそこに、ソファに座るよう促される。ラーソルバールはエラゼルと顔を見合わせると、言われるがままに腰掛けた。

「悪いね、令嬢達の茶会とは全然違って。どうだい、最近は。地震の影響で大変だったろう?」

 ジャハネートが切り出した話は、一般的な世間話のようなものだった。身構えていただけに、二人は少し肩透かしを食らったと言って良い。

 だが、侍女が三人の前に茶と菓子を置いて退室すると、ジャハネートの表情が一変した。

「ラーソルバール、あんたが第三騎士団に捕らえるように言った間者の件、覚えているかい?」

「覚えていますが……?」

 真剣な表情を見せるジャハネートの態度に、ラーソルバールは身を強張らせた。

「他にも数人居てね、そいつらは全てレンドバールの奴だったよ。それも、戦争を前提とした偵察だ」

「……やはり。でも、よく口を割りましたね?」

「魔法で吐かせた。……というか、アンタ大して驚かないね。分かってたのかい?」

 ニヤリと笑ってジャハネートは顔を近づける。

「想定していた動きのうちのひとつです。帝国の尖兵として襲ってくるだろう、と」

「ふむ。だが、今回の地震でレンドバールは、我が国よりも大きな被害を被ったそうだ。これで戦争は無くなるんじゃないかい?」

 ジャハネートはゆっくりとソファにもたれ、背を預ける。

 騎士学校の生徒とは言え、騎士団にとっては部外者である。機密事項に当たるような情報を話すというのは、信頼されていると言うよりは試されているのだろうか。

「そうお思いなら、私とエラゼルをここに呼ぶ必要は無いのでは?」

「フフフ……。分かってるじゃないか……。で、奴らが来るのはいつだと思う?」

 ジャハネートの顔は喜色に満ちている。

「半年から一年の間に」

 エラゼルは答えると、ちらりとラーソルバールの顔を見る。それに応えるように、ラーソルバールも黙って頷いた。

「ふむ、アタシと意見が一致したね。これで安心して意見具申が出来る。さすが王太子殿下の婚約者候補だね」

 なるほど、意見合わせのために呼んだのか、と納得しかけたところで意外な言葉が混じり、二人は顔を見合わせた。

「いや、アタシの耳に入ったっておかしくないだろう? アタシはみたいな年増は候補の候補にも乗らなかったけどさ」

 全く自嘲にも聞こえない程、軽やかにジャハネートは笑い飛ばした。

 そしてこの後、三人の密談は夕方まで続いた。

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