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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第三十章 運命と時は流れるままに

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(二)ラーソルバールの贈り物①

(二)


 ルクスフォール家の滞在は五日間で終える事になっていた。

 その間には、アシェルタートと二人の時間を過ごす事も出来たが、ボルリッツに剣の稽古相手を要求されたり、エシェスの相手をしたりと慌しい時間を過ごし、充実した日々だったと言っていい。

 帰国前日、ラーソルバールはアシェルタートに指輪の返礼をするため、ひとりで街に買い物に出た。

 だが、いざ買うとなると何を渡してよいやら分からない。宝飾品店に並べてあった物から選ぼうとしたのだが、男性用の物など分からずブローチにするかネックレスにするかと、悩みに悩んで店員を困らせた挙句、結局選んだのは大人しいデザインの腕輪ブレスレットだった。

 結果的には悩んでいたものよりも高価な品だったため、ラーソルバールのような年頃の娘が購入した事に店の者達も驚きを隠せなかった。


 その日の夕食後。ラーソルバールは執務室に戻ったアシェルタートのところへ、腕輪の入った箱を手にこっそりとやってきた。ちなみに、使用人達もラーソルバールが、執務室へ向かうのに気付いていたがアシェルタートのところへ行くのだろうと気遣って、呼び止めたりはしていない。

「お仕事の邪魔をしてすみません。これを……」

 ラーソルバールは部屋に入るなり、物だけを手渡して頭を下げると、急いで部屋を飛び出していってしまった。そのあまりの早さに、何も言えず呆気に取られたアシェルタートは、ただ苦笑いするしかなかった。

「彼女らしいというか……何というか」

 アシェルタートは視線を落とすと、手元に残った箱を開け、静かに微笑みを浮かべた。


「ルシェ嬢は、どうしたんだ?」

 ラーソルバールが真っ赤になって駆け出して行ったのを見たのか、ボルリッツが部屋に入るなり尋ねた。

「いえ、何でもないです」

 手にしていた箱をすっと机の引き出しにしまうと、アシェルタートは顔を上げる。すると、何となく事情を察したような笑みを浮かべるボルリッツが見えた。

「何かご用事ですか?」

 視線を外しつつ、誤魔化すように少々強気な態度を取る。

「ん。お前さんが、将軍が来た後から随分と冴えない顔をしていたもんだから、嬢ちゃん達にもそんな顔を見せてるんじゃないかと心配になってな」

「そんな事はないですよ、と……言いたいところですが、気付かれていましたか」

 アシェルタートは観念したように、大きく息を吐いた。

「軍へのお誘いを頂いたんです……。以前の僕ならは喜んで飛びついたのでしょうけど、父もあの状態ですし……。領地運営の事もあるからと保留にしてもらいました」

 迷いを隠せない領主代行の姿に、ボルリッツは眉をしかめた。

 従軍するようになれば、ヴァストールと開戦した際に真っ先に戦わされることになる可能性が高い。それは若い二人の間に大きな溝を作ることになる。

 だが、今の状況であの娘がアシェルタートに対し、真実を語ることは無いだろう。だからこそ、それを知る自分が止めなければならない。

「悪い事は言わねぇ、止めときな。派兵にも協力したし、領地もこのあとが一番大事だ。それに、お前さんが居なくなったら、エシェス嬢ちゃんが泣くぞ」

 アシェルタートは黙って拳を握り締めた。そして、静かに机の引き出しを開け、先程入れたばかりの箱を見つめた。

「……そう……ですね。僕がすべきなのは、戦争を無くす事、領民の為に働く事」

「平和であればこそ、ルシェ嬢ちゃん達も遊びに来れる訳だしな」

 言うべき事は言った、といういうようにボルリッツは部屋を出ようとしたが、立ち止まり、振り返る

「ああ、そうそう肝心な事を忘れてた。俺は報告に来たんだった。歩いた感じ、ガラルドシアの治安は及第点といったところだ。きちんと酒場でも情報収集してきたから、安心していいぜ」

 掌をひらひらとさせると、ボルリッツは早々に退室していった。

「飲んで帰って来た、と言えばいいのに」

 苦笑を浮かべ、アシェルタートはゆっくりと椅子に腰掛ける。

 外を見ると雲が星空を覆い隠し、雨粒が地を濡らし始めていた。果たしてこの雨は、西方の国民の涙だろうか、それとも領民の涙だろうか。

 ラーソルバールの置いていった腕輪を手にすると、少しだけ未来への不安が消えた気がした。


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