(二)騎士学校と修学院③
そして交流期間終了を迎える。
エラゼルと険悪な関係だったファルデリアナ。だが、その関係は以前ほど悪いものではなくなっていた。襲撃事件直後に多少の改善が見られたのを契機に、その後も幾度も接点を持った事が大きく影響している。
不器用なエラゼルがファルデリアナの行動に対して何かを言えば、当然反発される。それが分かっているだけに「行動で示すように」という、ラーソルバールとシェラの助言のもと、それらしく立ち振る舞った事が奏効した。
この国では、女性が政に参加している例はそれ程多くない。だが、将来伴侶を持ち、その相手がその任を負うときには、支える必要がある。有力な貴族に嫁ぐ可能性が高い二人が、いつまでも対立していては国家に混乱を招く事にもなりかねない。
そうしたエラゼルの「国を支える立場としてどうすべきか」という考えに、ファルデリアナも多少は影響されたのだろう。いつまでも誰かを押し退けて行動するばかりでは、大きな責任を持つ公爵家の娘としては、自覚が足りないという認識が生まれたのかもしれない。
また、ファルデリアナだけでなく、エラゼル自身も関係を改善すべく歩み寄っている。
昨年のエラゼルの誕生日を祝う会に、ファルデリアナが呼ばれていなかった理由も、当時のエラゼルの閉鎖的な考えが原因だった。もっとも、そこにいた同年代の娘はラーソルバールだけという極端な状態だった訳だが……。そうした排他的にも見えた社交性も、今ではかなり改善している。
総じて騎士学校と修学院の生徒達を取り持つ形になった二人だが、苦労した分だけ先に繋がる良い経験ができた、と言えるかもしれない。
「エラゼル、例の件を含め、また何かと顔を合わせる機会があるでしょう。今回は協力しましたが、今後は馴れ合わず、状況により是々非々で対応致します」
別れ際にそう語ったファルデリアナの本心が、実際にどこに有ったかは知れない。
ただ、言葉とは裏腹に、その瞳がエラゼルだけでなく、ラーソルバールにも向けられていた事は本人にしか分からない。
握手を交わすことも無く去っていくファルデリアナの背中を見ながら、ラーソルバールは感じた疑問を口にした。
「エラゼル、例の件って……何?」
「ああ、最近出てきたばかりの話で、まだ不確定な情報だ。今はまだ公にして良い話では無いので、教えられぬ」
「ふうん……」
信頼する友が伏せる事柄を、あえて無理に聞こうとは思わない。
「さあ、交流期間も終わったし、明日学校に行ったら休暇だぞ」
エラゼルは伸びをすると、表情を切り替えた。
本人にしてみれば、色々な責任を押し付けられ、さぞかし堅苦しい毎日だったのだろう。身分にこだわり続ける者達から、ラーソルバールやフォルテシアを守る生活もようやく終わりとなり、少しほっとした様子を見せる。
「エラゼルは休暇、ガラルドシア行けるんでしょ?」
「皆と一緒に行くつもりだったのだが、どうも急な用事が入って無理そうな感じなのだ」
僅かに肩を落とし、寂しげな表情を浮かべる。
「向こうの人達はみんなエラゼルの事が大好きだから、残念がるだろうね」
ラーソルバールは落ち込む友を慰めるように腕を掴み、自らにぎゅっと引き寄せる。
「あまり引っ張るな。倒れるではないか」
照れるのを誤魔化すエラゼルの姿を見て、シェラが笑う。
「ディナレスもモルアールも予定通り行くって手紙には書いてあったから、『エリゼスト様』だけがお留守番か」
「その代わり……シェラ、美味しい菓子の土産を期待しておるからな」
「はーい、腐らないものを選んできますね」
そのやり取りに、隣に居たフォルテシアが「ふふっ」と静かに笑った。
感情を表に出すようになってきたとは言え、未だに彼女が大きな声で笑うことは無い。
「今回はエミーナも一緒に行くのか?」
「エミーナも誘ったんだけどね。実家に戻るからって、断られちゃった。今日も買い物と荷造りがあるからって、急いで帰っちゃったし」
「いつもながら、慌しい娘だな」
呆れたように苦笑するエラゼル。
その様子を見ながら、「王都に残って暇だからって、エミーナを家に呼んだりしないようにね」と言いたいのを我慢したラーソルバールだった。




