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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第二十九章 歩みは止めず

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(一)瞳は前を向く③

 翌日以降も。ラーソルバールや、フォルテシアに対する一部の生徒の対応は良いものではなかった。それは交流期間開始時から変わらない、身分による侮蔑。

 公爵家の令嬢であるエラゼルと一緒に居る、身分の卑しい者、というだけの半ば妬みに近いもの。エラゼルと一緒に居るため、物理的な嫌がらせをされたり、直接何かをされるという事は無い。

 事件以降は、ファルデリアナやその周囲の者達からの態度は軟化したが、それ以外の貴族の令嬢達からは厳しい目で見られる事は多かった。すれ違えば謂れの無い悪口を言われ、距離を取られる。だからといって、学ぶという姿勢が変わる訳ではない。余計な事に関わらず、ただ日々学び、吸収するしかなかった。

 騎士学校に比べ、問題を多く抱えて起伏の多い日々を重ね、交流期間は過ぎていく。


 そんな中、先の事件を起こしたサラエ・リガラードの身柄と罪状についての報がラーソルバールの下にもたらされた。

 ラーソルバールの生存により死刑は免れたものの、重大な傷害事件と認定され、禁固二十年が言い渡されたというものだった。

 事件の真相や経緯を聞き出そうにも、本人は精神を病んでおり、大した証言や情報を引き出すことは出来なかったようだ。護身用として持っていた指輪の入手経路なども明確にならないまま、捜査は縮小された。

 これはエラゼルが王太子に「個人的な諍い」で収めるよう依頼したからという背景もある。

 ラーソルバールとしては罪に関して何かを言える訳ではないが、死刑でないとはいえ、二十年という日々は過酷ではないか、と思う。無事に牢から出てきたとして、社会的に復帰は難しい。

 サラエは、父を死に追いやった関係者の一人を殺したと思ったところで、生を終えても良いと思ったに違いない。彼女の身を思うと、自身が被害にあったとはいえ、悲しみがこみ上げて来るのを抑えられなかった。


 五月を迎える頃には、カンフォール村から、新茶の上級茶葉が送られてきて、皆を喜ばせた。

 そして六月、ようやく実習で育てた野菜の収穫の段となる。

 この日を待ちわびていたエラゼルは、喜々として作業に取り組み、周囲を笑わせた。

「良いではないか、野菜は大事なのだぞ!」

 エラゼルは気恥ずかしそうにしながらも、ラーソルバールに抗議する。

「笑っているのは私だけじゃないよ。シェラもフォルテシアも……騎士学校の生徒みんな笑っているよ、ね!」

 そう言われて、顔を背けつつも笑いを堪える騎士学校の生徒達。

「裏切り者ぉ!」

 吼えるラーソルバールの横では同じようにファルデリアナが笑っていた。

「ファルデリアナだって、楽しそうに収穫しているではないですか!」

 悔し紛れにもう一人の公爵令嬢を指差し、槍玉に挙げる。

「賑やかでよろしいこと……。私が笑っているのは、どこかの公爵令嬢が作業着を泥だらけにしながら、喜々として野菜を収穫しているからですわ」

「む……」

 言い返す事も出来ずに、エラゼルは顔を赤くしてやり場のなくなった怒りをどこへぶつけようかと考えた。瞬間、ラーソルバールと目が合った。

「痛いっ!」

 いきなり尻を叩かれ、ラーソルバールは悲鳴を上げた。

「結局、私に回ってくるんだから……もう……。ファルデリアナ様もエラゼルを煽るのを止めてください」

 この頃になると、ファルデリアナとの距離もやや縮まっており、多少の冗談も言えるようにはなってきていた。

「仲が良くて、良い事ではありませんか」

 そう言って笑う顔に、僅かに寂しさの影が見えた。

 気を許せる友が居ないという事なのだろうか。ラーソルバールは少し気になった。

 取り巻きは居ても、純粋に友と言えるような相手は、公爵家の令嬢という立場から作りにくいのだろうか。

 きっと男爵家の自分と、公爵家のエラゼルのような関係は、特殊なのかもしれない。今までのエラゼルもそうだったのだろうかと考えると、少し悲しくなる。身分が高くても良い事ばかりではないのだろう。

「ファルデリアナ様も混ざりますか?」

「……遠慮しておきますわ。どなたかの野菜馬鹿が伝染しそうですので」

 一瞬の戸惑いを見せた後、いつもの公爵令嬢然とした態度に戻った。それが自身を守る仮面なのだろうという事を、ラーソルバールはエラゼルを見て学んでいる。

「野菜馬鹿は、実は寂しがり屋なんですよ……あ痛っ!」

「無駄口を叩いてないで、手を止めずにさっさと収穫をせねば、いつまで経っても終わらぬぞ」

 ラーソルバールの尻をもう一度叩くと、エラゼルは収穫した野菜を荷車へ運んでいった。

「照れているんですよ」

「そのようですわね」

 最初の因縁を忘れたかのように、二人は笑い合った。


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