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聖と魔の名を持つ者~剣を手にした少女は、やがて国を守る最強の騎士となる/ラーソルバール・ミルエルシ物語~  作者: 草沢一臨
第二部 : 第二十九章 歩みは止めず

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(一)瞳は前を向く②

 ラーソルバールは馬車の中で、自身が何故襲われたのかを知らされた。

 ファルデリアナの来訪と、彼女から得た情報をエラゼルは隠すことなく伝えたのだ。それはラーソルバールが妬みだけでなく、恨みの対象ともなりうるという現実を突きつけるものだった。

 十五才の娘にとっては背負いきれない重荷だということを、伝えたエラゼル自身も理解している。公爵家の娘という重荷に潰されそうになっていた自分よりも、辛い立場。

 ラーソルバールの答えは「そっか。そうだろうね」という、実にあっさりとしたものだった。その言葉からは内心を推し量る事は出来なかったが、小さく震える手が動揺を物語っていた。

 誰にもすがる事の出来ない重圧に怯え、苦しむ辛さを知っているエラゼルには、それを受け入れろなどと言えるはずも無い。友の苦しみを少しでも分かち合おうと、エラゼルはそっと手を重ねる。

「辛い事を言うようだが、まだこれからだ。きっとラーソルバールはこの国になくてはならない人間になる。私はそう信じている」

「そう? 私はエラゼルの方がこの国を支える人になると思うよ」

 二人はそう言って互いの顔を見つめ、笑い合った。

 エラゼルは、自らが口にした言葉が友を慰めるだけのものだとは思っていない。

 何故か確信めいたものがあり、将来を見据えて支えなければいけない、という思いが強くある。

 だが、ラーソルバールが口にした漠然とした言葉が、やがて近い形で現実のものとなることを、この時のエラゼルは知る由も無かった。


 この日の授業を終えて寮に戻ると、ラーソルバールの部屋は、四人の来訪者のおかげで一気に狭くなってしまった。実のところ、自室に戻ってようやくゆっくりできる、と思っていたところへの、()()。制服を着替える事も無く、次々とやってくる友人達は口々に「心配だから来た」というので、ラーソルバールは苦笑いして迎え入れるしかなかった。

「ラーソルが戻ってきた時、ガイザさんも飛びついてくるかと思ったんだけどね」

「ないない!」

「でも、凄いほっとしたような顔してたんだよ!」

「はいはい……」

 シェラとエミーナに押され気味に答えるラーソルバール。

 対応に困りながらも、心配して来てくれたものを無下に追い返す訳にもいかず、来客用に取っておいたカンフォール村産の上級茶葉で皆をもてなしていた。

「美味しい!」

 フォルテシアが目を見開いて驚く。

 最近はエラゼルに影響されたか、菓子と茶を好むようになり、茶の良し悪しも少しずつ分かってきているようだった。

「確かに。これは去年貰った物よりも良く出来ている。これは貴族間の茶会で出してるものよりも上質なのではないか?」

 一口飲んだエラゼルも感心したように頷く。

「どこで買える?」

 興奮したように黒髪が踊る。

 村の特産品が褒められて嬉しいのか、浮かべる笑顔に陰は無い。

「去年の最後の摘採時に作った試作品の残りだからね。市場には出回って無いよ。今度新茶の季節になったら、みんなの分送ってもらうね」

 照れた笑いを浮かべるラーソルバールの姿に、少しは気が紛れたのだろうかとエラゼルは内心安堵する。

「さあ、少しゆっくりしたら夕食で、そのあとはしっかりとお湯に浸かるよ!」

 シェラの元気な声が響いた。

 隣室の賑やかな声が聞こえたのか、途中からはミリエルも加わり盛り上がり、その後も五人はラーソルバールに自由な時間を与えることなく、寝る直前まで一緒に居たのだった。

 そしていつもの如くエラゼルが「不安なら一緒に寝るぞ」と、最後まで食い下がったのは言うまでも無い。


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