(一)瞳は前を向く②
ラーソルバールは馬車の中で、自身が何故襲われたのかを知らされた。
ファルデリアナの来訪と、彼女から得た情報をエラゼルは隠すことなく伝えたのだ。それはラーソルバールが妬みだけでなく、恨みの対象ともなりうるという現実を突きつけるものだった。
十五才の娘にとっては背負いきれない重荷だということを、伝えたエラゼル自身も理解している。公爵家の娘という重荷に潰されそうになっていた自分よりも、辛い立場。
ラーソルバールの答えは「そっか。そうだろうね」という、実にあっさりとしたものだった。その言葉からは内心を推し量る事は出来なかったが、小さく震える手が動揺を物語っていた。
誰にもすがる事の出来ない重圧に怯え、苦しむ辛さを知っているエラゼルには、それを受け入れろなどと言えるはずも無い。友の苦しみを少しでも分かち合おうと、エラゼルはそっと手を重ねる。
「辛い事を言うようだが、まだこれからだ。きっとラーソルバールはこの国になくてはならない人間になる。私はそう信じている」
「そう? 私はエラゼルの方がこの国を支える人になると思うよ」
二人はそう言って互いの顔を見つめ、笑い合った。
エラゼルは、自らが口にした言葉が友を慰めるだけのものだとは思っていない。
何故か確信めいたものがあり、将来を見据えて支えなければいけない、という思いが強くある。
だが、ラーソルバールが口にした漠然とした言葉が、やがて近い形で現実のものとなることを、この時のエラゼルは知る由も無かった。
この日の授業を終えて寮に戻ると、ラーソルバールの部屋は、四人の来訪者のおかげで一気に狭くなってしまった。実のところ、自室に戻ってようやくゆっくりできる、と思っていたところへの、襲撃。制服を着替える事も無く、次々とやってくる友人達は口々に「心配だから来た」というので、ラーソルバールは苦笑いして迎え入れるしかなかった。
「ラーソルが戻ってきた時、ガイザさんも飛びついてくるかと思ったんだけどね」
「ないない!」
「でも、凄いほっとしたような顔してたんだよ!」
「はいはい……」
シェラとエミーナに押され気味に答えるラーソルバール。
対応に困りながらも、心配して来てくれたものを無下に追い返す訳にもいかず、来客用に取っておいたカンフォール村産の上級茶葉で皆をもてなしていた。
「美味しい!」
フォルテシアが目を見開いて驚く。
最近はエラゼルに影響されたか、菓子と茶を好むようになり、茶の良し悪しも少しずつ分かってきているようだった。
「確かに。これは去年貰った物よりも良く出来ている。これは貴族間の茶会で出してるものよりも上質なのではないか?」
一口飲んだエラゼルも感心したように頷く。
「どこで買える?」
興奮したように黒髪が踊る。
村の特産品が褒められて嬉しいのか、浮かべる笑顔に陰は無い。
「去年の最後の摘採時に作った試作品の残りだからね。市場には出回って無いよ。今度新茶の季節になったら、みんなの分送ってもらうね」
照れた笑いを浮かべるラーソルバールの姿に、少しは気が紛れたのだろうかとエラゼルは内心安堵する。
「さあ、少しゆっくりしたら夕食で、そのあとはしっかりとお湯に浸かるよ!」
シェラの元気な声が響いた。
隣室の賑やかな声が聞こえたのか、途中からはミリエルも加わり盛り上がり、その後も五人はラーソルバールに自由な時間を与えることなく、寝る直前まで一緒に居たのだった。
そしていつもの如くエラゼルが「不安なら一緒に寝るぞ」と、最後まで食い下がったのは言うまでも無い。




